曖昧とは雲である

日本はクラウド・コンピュータである。
一人一人はしがないパソコンであるが、
これが国家的に団結すると超大型超高速情報処理装置となる。

日本は核爆弾である。
一人一人はしがない原子であるが、
これが愛国心反応を起すと、核爆弾となり世界をも破壊する。

日本文化は、世界の文化を詰め込んだ箱庭である。
日本脳には、世界が圧縮されている。
ここの幽霊劇をしているのだ。

だが日本自体はどこに行ったのだろう。

日本が無くて世界がある。
どういうことだ。
誰も知らない。
神様だけが知っている。

これが日本柔道忍者だ。

   *。
即ち、日本は曖昧である。

誰も何だか分からない。
即ち、幽霊である。

碌でもないことをしでかした時だけ姿が見える。

*。
世界を包む美しい雲にもなれば、
世界を殺す毒ガスにもなる。

現在は世界に悪の帝国を殺す毒ガスの時かも知れない。

何をやるか誰も知らない。

それは神のプログラムであり、自動的に演算されているからだ。

*。
だが紫式部は解読していた。
源氏物語千年、何かをすると書いてある。

日本忍者の方法論 

デカルトは真理を設定した。
カントは批判を設定した。
ヘーゲルは両者を合わせ、真理を生き物にした。

西田幾多郎は生命の本質を明らかにした。
即ち、生命は生と死を自己同一化したものである。

音楽は進行波と後進波という逆の成分を自己同一化したものだ。
そこに調和振動が立ち、いい音がする。

*。
電子工学は、建設成分と破壊成分から安定を得る方法だ。

これが負帰還システムだ。

即ち、絶対矛盾から安定を得る方法だ。

この安定が文明の本質だ。

*。
だが現代文明や法治国家は反対の方向に行った。

正帰還を掛けたのだ。

この方が所得・欲望・消費に都合がいい。

だがこれは人と世界の破壊だった。

  *。
そこで日本忍者の登場だ。

破壊をひっくり返す。
これが柔道だ。

西欧文明の逆をやる。
競争と消費の逆は、無気力と低学力だ。

これがエネルギー爆発で出来たエントロピーを消化するのだ。

*。
金と物と力のエネルギー系に、
心と魂と霊のエントロピーを食う文化の能をやり、
ここに人間人類世界を作る。

東西文明を合成、ここに魂を入れる。

西欧に負帰還回路を入れる!
これが日本忍者の仕事だ。

勲章は扇動である

昨年はノーベル賞に沸いた。
その人たちの人生を知り、更に感動した。

だがよく考えてみよう。
これで何が得られるのか。

そこには心も魂もない。
幸福や感動に心も魂もいらないのだ。

この結果どうなったか。
満足のない感動と幸福があふれ出した。

それを味わっている時は、感動と満足がある。
それを離れると、不満と退屈が襲ってくる。

そして人々は疲れ果て、壊れてしまった。

   *。
幸福と感動は心と魂を破壊するものだった!

トヨタは世界一の大企業になる機会を得た。
その感動と幸福に酔った。

だがその時世界経済は大崩壊を起した。
それに巻き込まれて、トヨタも大赤字となった。

幸福を感動を求めることは人として当然じゃないか。
だが神はそれを許さなかった!

*。
心と魂を生きろ。

感動と幸福は悪魔のお菓子であることを知れ。
これを食うと地獄に落とされるぞ!

世界の大破壊に再び神の声を聞いた。

     *。
世界に勲章が溢れている。

ここには偽の喜びしかない。

そこで味わう感動と幸福は、悪魔のお菓子でしかない。

現代は皆でこれを食べているのだ!

財政出動 国家に説明責任がある

世界各国による巨額財政出動が行われている。

これによって崩壊した世界経済が立ち直らせることが出来る。

その説明責任が世界各国、特にアメリカにある。

この金を支払うのは企業や国家でなく、子孫を含む人類だ。

従って、
世界の国家、特にアメリカは、
人類とその子孫に対し、
これで経済が回復することを説明しなければならない。

現状はそれをせず、闇雲に金を出させている。

これは恐喝や略奪、強盗殺人や殺戮でしかない。
その金は国家や企業が払うものではない。
人類と子孫が払うのだ。

日本忍者の仕事 全体の喪失と人間性の回復

現代世界には、全体と言葉で書けるが、
実体としての全体がない。
即ち全体と部分の交流がない。

国家や産業は部分でしかないが、
これが頭でっかちになって、部分を従える。
それが法で出来る。

ここに偽の全体が生まれ、
これが部分を従える。
だがそこに全体がない。

これが法治国家産業文明だ。
機能していないものを機能していると強制的にみなさせる。
そうしないと豊かな生活が出来ない。

人が金と権力という悪魔のお菓子に釣られた。
或いは幸福と感動という悪魔のお菓子に釣られた。

かく法治国家産業文明は地獄を作った。

*。
かく日本柔道忍者のお出ましだ。

天国と地獄を絶対矛盾的に自己同一化した西欧文明だ。

この人間性への絶対矛盾を心や魂に自己同一化する。

頭がこんがらがってくる。
現代人はこの世界を意識することが出来ない。

だから日本マンモスに仕掛けられた神のプログラムを自動的に演算する訳だ。

その方がいい。
日本が指令を出せば世界は素直に受け入れない。

世界改革はワキの仕事だ。

世界に馬鹿にされていた方が、都合がいい。
何から何までうまく出来ている。
幽霊=忍者としてやるしかない。
さすが神のプログラムだ。

幸福に魂はなかった

心と魂に世界には、いい気持ちはない。

いい気持ちは、
心と魂を異物排除して、
生理的快楽を精製したものだ。

それは金と権力を生きる世界だけで出来ることだ。

*。
マネー・システムを作り、
この世界を生きるようになって、
心や魂は異物として排除された。

ここの快楽人間や権力人間が作られた。
それは人間か人間でないか。
決定不能だ。

*。
この世界をどう考えたらいいのだろうか。

金や物や力のバイアス系と、
心や魂や霊の信号系の二重構造世界に入った。

物と心が一体であったMoebius系から進化した。

即ち、直流系から交流系に進化した。

*。
思考や行動や存在の構造が進化した。

問題はこの新世界を新世界の論理で動かず、
国家や産業で生きることだ。

新世界はエネルギーとエントロピーの負帰還構造となった。

これをエネルギーで生きて、世界を破壊した。
この破壊された世界を人が生きる道と国家が定義する。

ここの荒廃と破壊を生きることになった。

*。
文明が新しい構造になったが、
これを異物排除するガンやアレルギーとなった。

これが現代世界を覆う荒廃と混乱だ。

*。
いい気持ちを追う文明に、心はなかった。
即ち荒廃することを経済成長とした。

感情進化論

感情にいろいろの位相がある。

例えばMoebius感情系は、
国家を批判すると、非国民となる。
言葉単体の意味以上の意味がある。
だからダブルバインドが発生する。

モノポール感情系は、
国家を批判しても非国民とはならない。

ダイポール感情系は、
国家批判を礼儀上望ましくないとするが、
非国民とはしない。

*。
日本は民族としては、Moebius感情であるが、
そこの三種類が混在する。

モノポール感情&言語を獲得した人は、
反日・非国民・国賊・売国奴とされ、いじめ殺される。
だから表面には現さない。

*。
村上春樹文学は、モノポール感情言語系だから、
日本文学ではないとされる。

だが日本の批判をしないので追放はされない。

*。
日本語を中国は粘着語という。

一つの言葉にいろいろの感情がコピペされたいるからだろう。

日本文学は、ドロドロ・ベタベタ・ネチネチしているという。
即ち、すっきりしない・不満である・耐えられないという。

これがMoebius感情&言語系の特徴だ。

*。
源氏物語は天皇の不倫を書いたので、
戦前は国賊文学とされた。

紫式部に天皇の不倫を非難する意図はなかった。

正に一つの言葉や現象に、たくさんの感情がベタベタとコピペされる。
コピペを粘着と言い換えられようか。

      *。
言葉や文学だけでなく、絵画や音楽にもこれらの感情構造論が適用される。

*。
日本音楽は粘着語の世界であるから、
Moebius感情系であり、
日本画もそうであろう。

バッハの音楽やゲーテの文学は、
モノポール感情&言語といえる。

ベートーベンやセザンヌは、ダイポール感情系といえよう。
音楽に人の歓喜とか、絵画に祈りが入っている。

*。
ピカソやシェーンベルクは、
量子感情とかディジタル感情系といえるだろう。

武満徹の音楽は、ディジタル感情系だ。

*。
これらは脳の活性部位に違いが確認されよう。
あるいは左右脳の連絡に違いが見られよう。

    *。
これらの知見を得れば、
人や民族の違いを、脳の構造の差異と認識し、
違いにいきり立ち、暴力沙汰になることは避けられよう。

*。
ここに多様性の世界が開かれる。

即ち、違いを生きる世界だ。
現代人にその能力はない。
在来社会は同一性を生きていた。

多様性を裁くには、人間性が必要になる。
それが知性2.0だ。

あまりの言葉の貧しさ

現代人は現代を書くことも考えること触ることも出来なくなった。

現代を語る言葉がない。
金があれば生きていける。
金がなければ生きていけない。
そんな世界を作って、人間能力が衰えてしまった。

*。
人類を苦しめ、
その本性を十分に実現することを妨げるような宿命的力、
他に類するものなき欠陥、
それは金で生きることである。

人間なら誰にでもある夢と希望、
それを利用して社会的に自己を実現した金権現代文明である。

世界は金なしに始まったし、金なしに終わるだろう。

*。
金権産業は、個々の主体の差異を消し去って、
金権を社会の機能に変えることに成功した。

金権産業に取り込まれた人は、
所得・欲望・消費に生きることを、
人間的なことと思い、
最早葛藤を覚えることなく、
脱人間化を、
幸福と感動として楽しむのだ。

*。
人類は夢と希望からなる。
それは夢と金が交換できる町を作り、
希望と金権が、信用貸しで両替できる町となり、
これを完全犯罪として成立させるために、
完全に不完全な法システムと用い、
それを新自由主義グローバリゼーションと上書きし、
その町システムは、
権力が生きるために、
無力を死に排泄する下水装置となった。

   *。
だがこれらの思想にしても、
人類の存在システムが負帰還構造でなければならないことを認識していない。

あまりにも言葉が貧しく、
現実を認識理解することが出来ないのだ。

*。
現代は人の思考能力を越えて進み、
人が時代についていけない。

それを国家権力が法を利用して、支配してしまった。

*。
これが現代の閉塞感であり、
そこに心が破壊される心の闇が出来、
それを生きねばならないとする。

生きることが出来ない、
それを生きてはならないことを、
国家と産業は、これを生き抜くことが人の道と規定する。

*。
これを書くことも知ることも触ることもできない。

言葉も思考も精神も現実に追い越されたしまった。
即ち、国家と産業に支配させてしまった。

この事実を認識しなければここを抜け出せない。
ここからの脱出を精神障害とする国家がある。

  *。
幸福と感動は悪魔のお菓子だった。

これを食って人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
地獄と天国を自己同一化した。

*。
西欧理性はこの世界を作り、
この世界から脱出は不可能だ。

これを行う能力は日本柔道忍者にしかない。

即ち、天国と地獄の絶対的自己同一化を、
地獄と天国の負帰還システムに相対化するのだ。

するとそこに安定世界が現れる。

それは絶対的自己同一を、倒すことで作られる。
即ち絶対性が解除され、相対化される。

精神障害のパラドックス

皆が同じことを一斉に始める。
これは精神現象としては、Asperger症候群であり、
科学では同期現象として知られる。

タレントや殺人犯を日本人全員一致でいじめ殺す。

通り魔事件があっちこっちで起きる。

二世三世議員があふれ出してくる。

*。
例え話や笑い話を本気にする。

自分と他人の人格の違いを認めない。
皆同じでなければならない。

一人称衝動の特性は、同期にあることが分かる。

一人称衝動は多様性に対応できないことが分かる。

*。
流行は世界にもある。
これは同期現象だ。

テレビが少数タレントに占拠される。
これはマスコミの同期現象だ。

一人のタレントが、秒刻みで多用される。
マスコミの報道が全国同じである。

*。
これは自閉症スペクトラムであり、
科学的には同期現象だ。

これは一人称衝動系の特性だ。

皆同じになる。
これを精神障害現象と認識できない。
それが一人称衝動だ。

*。
精神障害みなでやれば、それが正常となる。

日本人の常識は世界の非常識である論理構造だ。

日本は妄想にあり、
だから異物排除を生きるのだ。

妄想はそうでないものを排除しないと成立しない!

     *。
Asperger症候群は精神障害現象だが、
こういう人と共存する世界が求められる。

そうしないと社会が精神障害となる。

精神障害のパラドックスは人類全体の問題だ。

*。
精神障害と共存できた時、世界は安定する!

実に正常とは異常を共存できることだ。
すると異常が問題にならない。

異常とは正常の調味料だった。

*。
病気の皆殺し、
これで医学は殺人組織となった。

対偶で読め、
これが知性2.0の世界だ。

感動小説は暴力装置である

仏教は、
弱者が餓死・凍死・病死・孤独死・過労死・自殺・殺人するのに、
何もしなかった。

どうしてだろう。

*。
感動小説家は、朝四時には起き、
昼まで執筆に専念し、
飯も食わないらしい、
そして数時間をマラソンに自己を鍛え、
過酷な修行生活を行う。

そして数々の名作を製造販売消費し、
自分も世界もいい気持ちにさせる。

*。
弱者の哀しみはどこのあるのだろう。

どこにもない!

感動宗教や感動小説は、
弱者の悲しみを越えた世界にあることが分かる。

   *。
感動宗教や感動小説は、
自己を厳しく鞭打ち鍛え、
即ち、自己に悪と暴力の限りを尽くし、
そこにいい気持ちを製造販売消費し、
自己への悪と暴力を強化し、
それをいい気持ちで隠蔽し、
悪と暴力をいい気持ちで上書きし正当化する。

これは暴力か正義か。

正義を暴力で製造販売消費する。

*。
一体何をやっているのだろうか。

感動宗教と感動小説の暴力産業は、
暴力といい気持ちの境界を消し去り、
暴力を人と社会の機能に変えてしまうことに成功した。

その結果、暴力産業に取り込まれた人々は、
最早葛藤を覚えることなく、
自分と社会の脱人間化を、
人間の義務だと思って、
楽しく消費し、
暖かい幸福として、
悪の帝国を製造販売消費するのだ。

*。
かくして感動を作る暴力産業は、
悪の寄生虫となり、
悪を強化、隠蔽、正当化する。

それを感動と上書きする。
これが感動暴力産業だ。

これは悪か感動か。

*。
理性1.0では決定不能だ。

知性2.0では、感動産業は暴力装置である。
一発で決定する。


  **。
今回もまた我が打ち上げし照明弾は、世界に虹のシャワーを浴びせた。
このシャワーを浴びたものは、永い眠りから覚めるであろう。
神に栄光あれ。

妄想の時代は終わった

人類は転換点に到達した。
即ち、正帰還の時代から負帰還の時代に入った。

成長の時代から、安定の時代に入った。

*。
時に経済は発振させ崩壊した。

これを財政出動という更なる発振を掛ける。
全く世界を分かっていない。

この程度の理性1.0は限界に達した。

理性1.0では、現代を知ることも見ることもいじることも出来ない。
闇雲に走っている。

世界を壊し、それを更に壊す。

*。
世界生命という壷を壊し、
この欠片で世界を再生する。

そこには死んだ世界しかない。
そこに幸福と感動を求める。

何をやっているのだろう。
それが分からないから出来ることをやっている!

*。
これは生きることか、生きることを止めたことか。

死体を弄繰り回していることは確かだ。

生きて死体を生きる。
生体を殺して、そこから生体を創造する。

文明は人の命を殺した。
でも生きている。

何を生きているのか。
魂や心のない生き物となった。

*。
ここに得られる感動や幸福ってなんだろう。

魂のない幸福、心のない感動、
溢れるほどあるが満足がない。

   *。
幸福を求めて三千年、
ますます遠ざかる幸福だ。
そこに現れる人と世界の荒廃だ。

大体幸福や感動はあるのか。
今ここに実現できるが、すぐに消えてしまう。

人々は疲れ果て、人と社会は壊れてしまった。

*。
遂に悟りを開いた。

ただ生きているだけでよい。
そこに幸福と感動はあった。

幸福と感動を取り出すことは、命を殺すことだった!

*。
心の持つ感動と魂の奏でる幸福が、
幸福と感動であって、
幸福と感動は作るものではなかった。

幸福や感動を取り出すと、命や心や魂を殺してしまう!

財政出動は国家権力のボッタクリバーだ

大恐慌からヒトラーまで四年、
そして世界大戦まで六年であった。

そして五年余に上る戦争で、世界は荒廃し、
即ち、大恐慌はリセットされた。

*。
世界の流行である巨額財政出動にどういう効果があるのか。

先ずはっきりしていることは、経済権力の赤字はこれで補填される。

そして人類の経済、いわゆる実体経済はますます落ち込む。

即ち、人々を捨てて、権力の救済が図られている。

*。
対偶文を作れば、
財政出動の対偶は、実体経済破壊である。

経済権力は自己の赤字を人類に補填させている。

即ち、国家権力はボッタクリ・バーだ。

*。
拡張ナッシュの均衡理論を使うと、
経済権力の全員が最大の利益を上げる戦略は、
人類に最大の損害を与える戦略である。

即ち、財政出動は、
権力を生きさせるために、
無力を死に排泄することである。

即ち、権力が無力を殺して食うことだ。

*。
経済をコードに分解し、
構造経済学と作るとこうなる。

これが知性2.0の経済学である。

   *。
日本では裁判員制度が始まる。

人々が本質を診ることがなければ、
国家に食い物にされるだけだ。

*。
財政出動の本質を見なければ、
人類は悪徳権力に食い物にされ、
寄生虫にされてしまう。

*。
財政出動は、
国家の悪と暴力を用い、
経済を再生すると称して、
国家権力が国家の金を略奪し、
悪と暴力を強化し、
それを経済再建と上書きして隠蔽し、
国家による略奪ねずみ講を正当化する。

これが財政出動の仕組みである。

*。
現象でなくその仕組み、
即ち本質を解読すればだまされることはない。

科学帝国主義の崩壊

科学を帝王とする科学帝国主義は、
科学に逆らうすべてを異物排除し、
悪と暴力そのものとなった。

法治国家産業文明は、
それに逆らうものを悪と暴力で異物排除し、
悪と暴力を強化し、
悪と暴力を自由と正義で上書きし、すり替え隠蔽し、
これを理想の国と正当化した。

*。
法治国家産業文明は、
詐欺と恐喝、略奪を殺戮の世界となった。

この中を生き抜かなければならない。

これが人類を覆う閉塞感であり、
犯罪と狂気を生きねばならない心の闇だ。

人は犯罪の奴隷、狂気の家畜となった。

*。
こんな世界に誰がしたか。
宗教に道徳、愛国心に幸福追求、
国家の産業、理性に科学、
大GDPこそ殺人犯であった。

   *。
アフリカにはライオン、
インド・中国・朝鮮・シベリアには、虎。
日本には熊。
アメリカにはピューマ。

ヨーロッパはやせた土地、
アラブは砂漠。

皆殺されないように生きて来た。

そして略奪と殺戮の現代。

あぁ、神よ許し給え。
あなたがそうさせたのです。

*。
だが人は神になった。
遺伝子操作までする。

これからは自己責任・自助努力・自己管理でおやりなさい。

そんな滅相もない、
何とかしてください。

あなた方は何かやれといってもやらないでしょう。

自分の始末は自分でしなさい。

Goedelの不完全性定理の意味

公理論的集合論の無矛盾は公理論的集合論の中で証明できない。

即ち、公理論的集合論は、妄想だ。

この妄想を使うと、間違いをすべて排除するシステムを作れる。

だがそれは妄想であるから、それを現実に実行すると現実は破壊される。
現に、科学産業は人と世界を破壊した。

*。
即ち、公理論的集合論は、消点である。

これを使うと現実がきれいに書ける。

だが消点は現実に存在しない。

    *。
神は消点である。

これを使うと人の頭はきれいに整理される。

これを現実に設定すると、異物を排除する。
即ち破壊と殺人システムとなる。

*。
法治国家や産業文明は消点である。

これを現実に実行して、人と世界は破壊された。

*。
即ち、Goedelの不完全性定理は消点を定義した。

文化や文明は、決定不能性や証明不能性に成立している。
即ち、一種の蜃気楼である。

即ち、文明や文化や国家や産業は妄想である。

これらは人と自然に立つ幽霊である。

人は一種の幽霊劇をしていた。

この幽霊に、魂と悪霊があった。

*。
Goedelの不完全性定理は妄想の定義をした。

出来ないことややってはいけないことを定義した。

これをやると、人と社会は狂気と犯罪の地獄に堕ちる。

それが法治国家産業文明だ。

*。
Goedelの不完全性定理は形式論理の中で証明された。

だがこれは人の意識の構造であり、人の世界に全般に成立する。

証明。
形式論理は、人や社会で成立しない。

即ち、人や社会に形式論理は存在しない。

即ち、形式論理は妄想である。

即ち、形式論理が妄想であることを証明したGoedelの不完全性定理だ。

即ち、人の現実は消点なる妄想を使って作られる。

*。
人は妄想を使う幽霊劇をしている。

即ち、消点を使って、幽霊劇をやっている。

幽霊には魂と悪霊がある。

現代は悪霊劇をやっている。

*。
それをひっくり返す知性2.0だ。

死刑は正帰還である

殺人に死刑で殺人が増える。
即ち、死刑は正帰還であり、
すると死刑廃止は、負帰還であり、社会は安定する。

*。
死刑維持国の特性は、絶対国家である。

絶対国家は社会の安定でなく、
国家暴力を社会秩序としたことが分かる。

この国家秩序は、悪と暴力を増強する。
ここに社会秩序はない。

人を恐怖支配する。
これを国家秩序と上書きした絶対国家だ。

これは秩序であって、秩序でない。

*。
死刑は国家秩序である、死刑が言った。
即ち、死刑は殺人ではない、死刑が定義した。
即ち、国家は嘘つきである、国家が言った。

このパラドックスは国家を絞め殺す。

即ち、国家の死刑を国家秩序といっている!

*。
死刑は国家秩序を守る、
即ち、死刑は殺人を合理化し、
悪と暴力を強化し、
悪と暴力を国家秩序として隠蔽し、
国家の悪と暴力を正当化する。

即ち、死刑制度は国家を永遠に悪と暴力とする。

*。
死刑は殺人を強化し、
その社会に安定はない。

それでも人は生きていける!

国家に品質がある。

*。
死刑と刑罰は悪魔のお菓子であった。

これを食って国家は悪魔地獄となった。

*。
国家が死刑と刑罰を食った時、
国家は心と魂を国家から異物排除した。

日本は日本人なしに始まったし日本人なしに終わるだろう

レヴィ・ストロースの美しい文型を関数とする。
文型のうちに変数部分にいろいろの言葉を入れることだ。

日本民族を苦しめ、
その本性を十分に実現することを妨げるような力、
他に類するもののない欠陥、
それは靖国の思想であろう。

日本人の深層意識における破壊と殺人衝動が、
日本人の夢である皇統一統思想を通して実現したのが、
大日本帝国であった。

世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。

*。
ここに日本人の自己責任・自助努力・自己管理が、
自己否定・自己破壊・自己抹殺に終わることを知る。

この間に出来る美しい日本である。

日本は自己責任・自助努力・自己管理をシテに、
自己否定・自己破壊・自己抹殺をワキに、
幽霊劇をやっていた。

そこに大日本帝国が現れた。

*。
これは日本の魂か悪霊か。

魂の対偶=否定は悪霊だろうか。

大日本帝国は日本精神や大和魂で出来ていた。
それは万歳突撃や特攻のトートロジーであったのではないか。
少なくとも対偶であったといえよう。

スカラー人間からベクトル人間へ

現代産業文明は、量の大きさだけを争っていた。
これが大量生産販売消費社会だ。

超現代は、量だけでなくその方向が問題となる。
量の質が問題となる。

大GDPでも公害成分や弱者殺戮成分が問題だ。
環境や食料や水、
悪や暴力、
健康や精神の質、即ち、方向が問題だ。

*。
今の医療は健康や生存の質を劣化している。

長寿は、悪への苦しみによる懲戒のようでもある。
生きているいことが苦しいことになった。

それを逃げる快楽は快楽か。
必要悪の次元に、生存が劣化した。

*。
人は所得・欲望・消費を上げることに夢中で、
その品質、即ち方向を問題にしなかった。

そこの出来た快楽地獄だ。
快楽と地獄を同一化した。

絶対矛盾を自己同一化した。

  *。
この地獄を破壊する能力は、日本忍者の仕事だ。

絶対矛盾を自己同一化した絶対矛盾!
この爆破破壊は、そのメタ相で、絶対矛盾を自己同一化することだ。

エネルギー系の絶対矛盾を、食ってしまう。

日本忍者はエントロピー人間だ。

*。
西欧文明を食って、必要最小限に止める。

これが絶対矛盾の自己同一化の絶対矛盾的自己同一化だ!

即ち、実体の絶対矛盾の同一化系を、
本質的絶対矛盾的同一化を行う。

リアル相のメタ処理だ。

*。
エネルギーは見えるが、
エントロピーは見えない。
その姿の陰しか見えない。

即ち、この世界は忍者にしかいじくれない!

アメリカの崩壊 エネルギー人間 エントロピー人間

悪は民主主義と資本主義に拡張された。

悪は強化され、隠蔽され、正当化された。

そして民主主義と資本主義は、
金と権力に実体化され、
成功物語に集約された。

かくして成功物語、即ち幸福と感動は、
悪を強化し、隠蔽し、正当化した。

悪と暴力は姿と形を変えただけであった。

*。
遂に現実にその正体を見破ることが出来た。

物質的活動も、人間の生存に必要だ。
それをエネルギー人間といえば、
その活動で、社会のエントロピー、即ち無秩序は増幅される。

するとその無秩序を下げる活動も必要になる。
それがエントロピーを食うことであり、
それはエネルギー人間のやることの反対をやることだ。

    *。
無気力&低学力こそ、エントロピーを食うことだ。

即ち、競争と消費を脱出、
その弊害を除去、エントロピーを冷却する。

*。
現代経済は、エネルギーを発振・発散させ、
エントロピーを爆発炎上させた。

この消火が必要になった。

これが無気力&低学力パワーだ。
即ち、ただ生きることが良く生きることとなった。

この逆転が経済破壊だろうか。

*。
静かに落ち着いて暮らす、
即ち、ただ生きることを良く生きる。

これはエネルギー世界のメタ世界である。

   *。
現代世界は、エネルギー人間とエントロピー人間が、
負帰還関係になって、安定する。

*。
サリンジャーの「ライ麦畑」の主人公は、
エントロピー人間の走りだった。

サリンジャーは預言者だ。
「ライ麦畑」は予言の書だ。

アメリカはエントロピー人間を精神病とし、
アメリカ自体を精神病院にしてしまった!

これがアメリカのエントロピーの爆発炎上となった。
それが今のアメリカの崩壊現象だ。

*。
対策はエントロピー人間を必要なだけ作ることだ。

彼らにより、所得・欲望・消費は最適化され、
社会は負帰還系となり、安定する。

*。
財政出動は、ヒトラーの招待状でしかない。

エントロピーを消火することが問題の本質だ。

善人が往生するなら 悪人だって

対偶文を作ってみよう。
善人は悪人、悪人は善人となる。

神とか道徳は、善を偽装した悪である。
現に神や道徳を国家基準とした社会は、悪魔社会を作った。

殺人を禁止した国家は、
殺人自由の悪魔国家となった。

    *。
殺人に死刑の国家倫理は、
国家を殺人組織とした。

*。
日本の一部は戦争裁判を認めない。

では日本が勝っていたら、英米のトップを野放しにしたか。
それはありえない。
英米を死刑にするために戦争をしたのだから。

ここに絶対国家の支離滅裂がある。

*。
絶対国家は神であり、
神として反対者を断罪リンチする。

これが死刑制度の実体だ。

   *。
日本民族は皇統一統の天孫民族だ。

するとオウムのような人が何故生まれるのか。
そしてどういう根拠で死刑にするのか。

*。
天皇の子孫にも悪党がいて、
更に殺し合いまでする。

皇統一統ということはないのではないか。

皆死ねば神になるのであれば、死刑にすることは無い。
わざわざ殺すことはない。

何故死刑にするのか。
それが皇統の証か。

     *。
善人は悪人であり、悪人は善人である。

悪人の方が国家を思っている。

善人が悪をやらせ、社会の混乱を整理させたのではないか。

悪をやったのは悪人だが、
それを望んでやらせた善人ではないか。

*。
善人が天国にいけるなら、
悪人も天国に行くことは言うを待たない。

即ち、善人は地獄に堕ちるのであり、
天国に行けるの悪人だけだ。

即ち、日本の役人は天国に往生し、
善人下々は地獄に堕ちる。

*。
天国は地獄、地獄は天国。
そう解読すると善人は納得がいく。

贋物善人と本物善人の二種類があった。

これが知性2.0の世界だ。

只管打座 ただ生きる族

アリストテレスはただ生きることと良く生きることの違いを言った。

その結果だろうか、現代世界は、
人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
現代世界は悪魔地獄となった。

人と社会の対偶対称構造から当然だ。

*。
サルトルとレヴィ・ストロースを比較しよう。

サルトルは人間主義を主張し、
スターリンの奴隷となり、ソ連の家畜となった。

レヴィ・ストロースは、
思考のコード、即ち構造を研究し、
崇高な知性に達し、
世界の多様性を生きた。
豊かな人間性に到達した。

*。
豊かな人間性を求めると、家畜や奴隷となり、
思考の構造を研究すると、豊かな人間性に到達した。

これが対偶対称構造だ。

   *。
いい学校いい会社を生きる社会は、
人が国家の奴隷となり、組織の家畜となった。

人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、社会は悪魔地獄となった。

*。
成功や幸福は悪魔のお菓子だった。

これを食わない人々が出始めた。
登校拒否とフリーターだ。
殺されても魂を生きる人々だ。

そして彼らは世代の青春期に達し、
静かに落ち着いて暮らす、
ただ生きている族となった。

*。
日本では居候とかフーテンといった。

アメリカではヒッピーであろう。

彼らはキチガイや犯罪者扱いされた。
彼らはただ生きている族の幼児だったのだろうか。

彼らが成長して、登校拒否とフリーターになった。
少年になったことだろうか。

そして青年になったただ生きている族であろう。

    *。
生きているだけでいいじゃないか。

競争と消費と生きて、やっと悟りを開いた。
競争と消費にいいことは何にもない!

*。
道元は只管打座といった。
即ち、ただ生きていればいい。

ただ生きることは出来ないから、
この意識が求めることをやればいい。

ただ生きる意識こそ、
世界の要求をまともにもてなすことが出来る。

    *。
ここにサルトルとレヴィ・ストロースの違いが検出される。

良く生きる族は、悪く生きた。
ただ生きる族は、良く生きた!

*。
good is bad,bad is good.

対偶対称性を言っている。

初期値の設定で、天国か地獄が決定される。

限界社会 法は殺せと叫んでいる

介護殺人てなんだろう。
勿論自殺や心中も入っている。

社会が崩壊したことを意味するのではないか。
それが分からない。

もう既に、国家は殺されている。
お上はそれに群がるハエだ。
それで豪華に食って生きていける。

*。
国の役立たずは死ね。

その一つが介護殺人ではないか。

国家が殺すのが面倒だから、自分で死ね。

これが自己責任・自助努力・自己管理であろう。

*。
即ち、人を殺し、
その死体に群がって生きられるお上日本だ。

   *。
介護殺人は、殺し合いの世界だ。

豊かな社会が完成し、
人のやることは介護となった。

何とすばらしい日本か。
家族と共に生きられる!

*。
それで生活できる人はいい。

それで生活でいない人はどうするか。
自分を含む殺人しかない。
それが自己責任だ。

それで生活できないようにした自分が悪いのだ。
自ら死ぬしかないでしょう。
当然じゃないですか。

*。
では国家は何故税金と取っていたんでしょう。

税金を取るのは当然じゃないですか。
法律で決まっている。

   *。
即ち、この世は法律が壊した。

法は弱者の殺人装置だった。

これが国家秩序であり、法の秩序だ。

*。
法は殺せと叫んでいる。

法は自分を殺し、他人を殺し、社会を殺す。

現世は能の舞台である

現世が適当であることは、
金と権力のシテと良心良識のワキの幽霊舞台の時だ。

ここに綺羅星が現れることが、名舞台だ。

*。
言い方を変えると、
金と権力の増幅器に、
良心良識の負帰還装置があって、
両者で負帰還システムになることだ。

     *。
悪は金と権力に拡張され、
善は良心良識に展開された。

社会は二つの部分からなり、
日本はそのような構成になっている。

だがお上日本は強殺システムだ。
国家に国家の精神なく、
法に法の精神なく、
民主主義に民主主義の精神がない。

   *。
日本は悪の金と権力への拡張に失敗した。

明治維新で、秀吉システムは、更に傲慢化した。
権力がやった恫喝を、公務員がやりだした。
これが日本の西洋化だ。
権力が犯罪組織となった。

それが良く見えるのは、人々が殺されて、
問題を隠蔽するからだ。

*。
お上日本は、
西欧化で、
その悪と暴力を強化し、
法と秩序で悪と暴力を隠蔽し、
強盗殺人を正当化した。

*。
お上日本システムを西欧支配にぶつけ、
両者を消滅させる。

これが日本忍者の仕事だ。

幸福は強盗殺人でる

国家には心がないから異物排除原理である。
即ち、自国と他国が違う信念を持つ時、他国の存在を認めない。
信念の違いを認めないのでなく、他国の存在を認めない。

*。
第二次世界大戦は、ドイツや日本が急速に力をつけ、
列強と対立関係に入り、
互いに潰しあって、戦争になった。

国家同士が相手を異物として排除し合った。

*。
そこには大恐慌があった。

それが戦争でリセットされ、
戦後世界は一斉に新産業文明の立ち上げに掛かった。

同じスタートラインに立った。

*。
そして産業文明は発振し、自己否定に陥った。

即ち、自己責任・自助努力・自己管理が自己否定・自己破壊・自己抹殺となった。

異物排除がガンとなり、
遂に自己排除に至った。

  *。
ナンバーワンとかオンリーワンは、異物排除であった。

異物排除は結局、発振し、自己排除に終わる。

異物との共存こそ、生きることだ。

*。
時に殺されることもある。

これを排除する国家や文明は、
戦争を起こし、結局自己を排除する。

戦争には勝ち負けがあっても、社会に勝ち負けはない。
勝っても負けても自己破壊に終わる。

戦争という混乱の極みは、すべてをリセットする。
自己破壊で終結する。

*。
そこのは破壊と殺戮に狂う人類がある。

人類は死の本能を生きている!

   *。
死を排除しようとして、
生を排除した人類世界がある。

死を排除しない生が、生の本質だった。

*。
死を排除する文明を作って、生を排除した。

そこには死の本能が燃え盛る。

死を排除する文明を作って、生を排除した。

*。
死の排除は可能か可能でないか。
決定不能。
そこに唯一つだけある正しいことは、生も死も存在することだ。

死を排除することは無矛盾である。
だがそれは実現しない。
それは生の否定だから。

  *。
死の排除こそ、諸悪の根源だった。

死を死として受け入れないことは、生の異物排除であった。
そこには偽の生しかかなった。

死の否定は、生の否定だった。

生と死の間の幽霊劇こそ、人の生であった。

*。
生はシテであり、死はワキであり、
その間に幽霊として生が輝く。

これが人の存在構造であった。

*。
人はただ生きていればいい。

これが生の本質であった。

*。
成功も幸福も、生の否定であった。

成功や幸福は、生を強盗殺人していた!

日本忍者の仕事 文明と国家のリセット

現在日本で急速に立ち上がりつつある現象として、
自動車は要らない、マスコミは要らない、
過激ない競争と猛烈な消費に生きる世界からの離脱がある。

国家権力の立場から、
彼らは無気力な低学歴現象だ。

*。
国家権力のいうやる気とか学力ってなんだろう。
激しい競争心ではないか。

その結果、何が起きたか。
国家の極悪化と文明の荒廃だ。

   *。
これは対偶現象から当然だ。

競争と消費は、殺戮と略奪であった。

*。
これを正常化するにはどうするか。

ひとまず負帰還を掛けることだ。
即ち、競争と消費の逆をやることだ。

即ち、産業国家をリセットすることだ。

*。
これを認識すると、
日本柔道忍者は、狂乱した文明国家のリセットをやっている。

オンリーワン競争、ナンバーワン消費、
この仕組みにブレーキを掛けている!

*。
産業国家は増幅器であっても、
それに負帰還が掛からないと安定しない。

その負帰還が登校拒否とフリーターであった。
それは世界にエントロピーを下げ、
世界秩序を向上する。

   *。
登校拒否とフリーターは第一世代の、
産業国家のエントロピーを食う人々だった。

第二世代が、静かに落ち着いて暮らす連中だ。
即ち、自動車もマスコミも要らない連中だ。

これは現代のエントロピー大火災を消火している。
即ち、エントロピーを食っている。

*。
文明は、エネルギー増幅器と、エントロピー負帰還装置からならねばならない。

ここに文明に安定化が起きる。

*。
エントロピー人間は、エネルギー人間の逆をやる。

安定にはエントロピー人間が必要だ。

   *。
エントロピー人間は、何から何まで、
エネルギー人間の逆をやる。
即ち、エントロピーを食って、
産業国家に魂を入れる。

即ち、産業国家の自己組織化、
即ち、生命化をやる。

*。
即ち、無気力、低学力、非行に不良…、
これで文明は安定化される。

これで産業文明に命が入る!

*。
日本柔道忍者は、現代文明に負帰還をする仕事だ。

これで新しい魂の入った人間人類文明にリセットされる!

真実は偽善と欺瞞の幽霊能である

幸福といった偽善と真理といった欺瞞において、
幸福をシテとし、真理をワキとし、
ここに幽霊劇の能をやると、
そこに真実という幽霊が発生する。

ここで金や権力はサブパラメーターであり、
これを目的とすると、幽霊は悪霊となる。

幽霊が魂である時、能は悪事とならない。

*。
法治国家や産業文明は、魂を発生する能でなければならない。

それが今悪霊を発生している。

それは金をシテとし、権力をワキとするからだろう。

源氏物語では、権力がシテであり、権威がワキであった。

秀吉は、金をシテとし、権力とワキとした。
これで日本は壊れ、国家は悪霊発生装置となった。

真理と事実の能としての真実

自然から真善美を抽出して、
現世に真善美の世界を作ると、
真善美を否定する世界が生まれる。

言葉や意識に次元で、真善美は存在するが、
これが現実の次元に展開すると、
真善美で無い世界が現れる。

*。
偏差値教育の世界では、
何でも分かっているように偽装されている。

これに頭が慣れ、
そういう頭が出来ると、
この頭の中に現実を引き入れる。

これは既に現実ではない。

この空想世界では、所得・欲望・消費が自由に出来る。

だがそれは自然世界の破壊である。

*。
自然から真理を抽出することと、
真理で自然から何かを作ることの間に、ヒステリシスがあり、
ここに公害が発生した。

自然から真善美を引き算し、
これを自然に足し算しても、
自然は保存されず、
破壊されてしまう。

*。
真善美を実行すれば、自然は破壊されないはずだった。

どこの間違いがあったのだろう。

何でそれに気づかなかったか。

真善美は空想だった。
その中に空想でない事実もあった。

だが真善美は空想だった。
遊びだった。

*。
産業文明は自然を壊し、自然から物を盗むことだった。

自然を壊さず、盗まない産業が必要になった。

そうしないと産業はガンとなり、
人は生きられない。

*。
自然と健全な関係が、負帰還関係である。

今それをしなくてはならない段階になった。

未来を現在で生きる

過去を未来としてきる統合失調症であり、
過去を現在として生きるうつ病であり、
過去を過去として生きるてんかん質かもしれない。

現在を未来として生きる情報時代ではないか。
まともな考えはここにしか生まれないのではないか。

*。
実存がスターリンになることは、
現在を過去で生きるからではないか。
その結果うつ病になった。

即ち、人は絶対国家に生きるものだ。

出来ないことやありえないことをやっているのだ。
その結果、精神障害を起した。

*。
現存在がヒトラーになるのは、
過去を未来として生きることでないか。
その結果統合失調症になった。

即ち、死は生の存在不可能な可能性である。

即ち、全滅に万歳突撃する。
精神障害を起した。

  *。
アメリカ現象は、未来を過去で生きることではないか。

即ち、金と物と力で生きる。
これが過去と現在と未来の共通点だ。

過去と未来をショートしたアメリカであろう。

ここのは過去も現在も未来もない。
それらが同一化した。

即ち、金と物と力で生きる。
これは過去と現時と未来を短絡した現象だ。

この核融合に、アメリカ・パワーが発生する。

これがアメリカ・バブルであろう。
そこには生命はない。

    *。
科学理性は、生命を粉砕し、かけらとした。

それらを集めても生命にならない。

生命を死んだかけらとして生きる。

これが法治国家産業文明だろう。

人類は自閉症である

自閉症の特徴は、褒められればいい人であるが、
叱られると変な人になることだ。

アメリカでは自閉症対策教師が養成され、
褒めるだけで、叱らない教育がなされる。

叱らなければいけない場合も、叱らない。
誰でも出来ることではないし、
これでは社会は困る訳だ。

だが叱ると、もっと困ることになる。
困ることを最低にする処理が必要になった。

*。
靖国神社は日本自閉症を守る神社かも知れない。

靖国を称えればいい人であるが、
靖国を非難すれば、
反日・非国民・売国奴・国賊と反撃する。

靖国を叱れば、社会が混乱する。
こういう人たちとうまくやらなくてはならない。

*。
即ち、彼らとうまくやるためには、
叱らず、褒めるしかない。

靖国を受け入れない人も、
靖国を認めなければならない。

即ち、間違っていたとしても、受け入れる。

*。
人を困らせることで、受け入れさせる。

これはお上の方法だ。

これはお上が自閉症である証明だ。

これに国民は褒めることで対応する。

困ることでも褒める。
そうしないともっと困ることになる。

困ることをより低くする。

これが日本人の生き方だ。

    *。
この結果、日本人は何時もすっきりせず、
不満で耐えられない状態を生きている。

ネチネチ・ベタベタ・ドロドロと生きているのだ。

これが日本だ。

*。
これが自閉症との共存の生き方だ。

そう考えると、日本は世界の最先進国ではないか。

だって世界はこのような生き方をしなければならないのだから。

そうしないから犯罪や戦争の世界になるのだ。

*。
自分が正しいとし、相手が間違っているとすると、
それが正しくても、世界は混乱する。

  *。
日本人はお上の自閉症とはうまく付き合っている。

だがお上は国民の自閉症を許さない。

そこでお上日本は大虐殺を繰り返している。

*。
国民はお上の自閉症と共存しているが、
お上は共存できない。

即ち、神に立場に立って、自閉症を断罪リンチする。

かくして日本は世界から浮いてしまう。
即ち、世界から断罪リンチされる。

*。
考えて見れば、西欧も一種の自閉症だ。

しかも自分は正しいと喚く。

    *。
皆自閉症の場合、人はどう生きたらいいのだろうか。

悪と暴力を生きる。
犯罪と戦争に明け暮れる。

それが人類に現状だ。

その原因は皆が自閉症にあることだ!

マスコミはピカレスクである

マスコミは人に感動を与えることで食っている。

人は生きるためには、耐えることも必要である。

苦しい生活に耐えるために、
喜びを与えて激励することも必要だ。

だがこれは覚せい剤でもある。
だんだん耐性ができて、強い刺激が必要になり、
そして絶えず必要になる。

かくして人間は壊れた。

*。
国家・マスコミ・言論界・学界は、
人々を気持ちよくし、
その破壊と殺人衝動を過激に爆発炎上させ、
それで食っている。

彼らの仕事は、人々を裸の王様にすることだ。

即ち、いいこと言って、
人々を騙し、
食い物にして、
金をむしり取り、
人を壊して、殺して食っている。

*。
これを競争と上書きして、
煙幕張って、偽装して、
即ち、強盗殺人をしている。

彼らは、
人々に感動と幸福を与え、
これによって彼らの悪と暴力を強化し、
隠蔽し、正当化する。

*。
彼らの与える幸福と感動は、
悪と暴力の煙幕や偽装であった。

幸福と感動は、悪魔のお菓子だった。
国家・マスコミ・言論界・学界は悪魔だった。
人々は彼らに騙され、
金をむしり取られ、
地獄に突き落とされた。

*。
国家やマスコミ・言論界・学界はガンだった。

人々も死ねば、彼らも死ぬ。

遂に国家やマスコミ・言論界・学界はガンの末期となった。

それが現実の荒廃であろう。

*。
現代世界は情報時代であり、
情報とは煙幕や偽装の情報戦だ。

幸福と感動で包んだ、悪魔のお菓子である。

これを見抜く大衆能力が必要となった。

これなくして食い殺されるだけだ。

情報自立が騙されない能力だ。

立身出世はピカレスクとなった

大恐慌に荒れた世界は、
第二次世界大戦で、産業システムは更地にされ、
戦後世界に大衆資本主義が立ち上がった。

あらゆる人々が、成功物語に酔った。
今までなかった商品が、家を埋め尽くし、
自動車も買えれば、家も買える。

だが消費が一巡すると、
パイを大きくする経済は、
一つのパイを奪い合う経済へと変わった。

*。
自由競争は、詐欺恐喝に変わった。

社会は支配者階級と被支配者階級に分裂した。

即ち、支配者階級が最大の利益を上げる戦略は、
被支配者階級に最大の損害を与える戦略となった。

これが新自由主義である。
成功物語が、支配者階級だけのものとなった。

この時、国内だけの立身出世物語は、
世界に拡大されねばならなかった。
これがグローバリゼーションである。

*。
経済競争は経済戦争となった。

これを先取りした日本であろう。

*。
経済競争は、略奪と殺戮となった。

人は悪漢となった。

成功物語は、悪漢小説となった。
即ち、経済は強盗殺人となった。

*。
この時、登校拒否とフリーターが現れ、
殺されても魂を生き始めた。

そして車は要らない、テレビも要らない、
競争も消費もいらない。

即ち、静かに落ち着いて暮らしたい。

この人たちが、登校拒否とフリーターの第二世代ではないか。

日本は人間と文明の成熟を生き始めた!

*。
これが人類の人間革命だ!

人はただの人とよき人からなる

欲を生きる人が偽人間であり、
心を生きる人が真人間である。

両者は神が作った。
人はこの組み合わせを最適化することしか出来ない。

*。
偽人間は、物欲にあり、
物の生産販売消費に長ける。

彼らは人類システムのバイアスに必要である。

*。
真人間は、人間の文化信号系であって、
人間の世界に歌を響かせる役目だ。

*。
即ち、人類世界はただある人々と、
良くある人々からなる。

  *。
すると現代の問題は、
ただある人々が、世界を独占したことにある。

ただある人は増幅器であり、
良くある人は負帰還である。

文明という増幅器に文化という負帰還を掛ける。

*。
或いは、ただある人々とよくある人々が、
調和振動を奏でる、即ち定在状態を作る。

或いは物質活動を生活とし、精神活動を行う。

この組み合わせが最適でなければならない。

これが歪めば、それは苦しみとなって現れる。
苦しみを減らすことが最適化の一面でもある。

*。
すると現代世界の問題は、欲情人間が世界を支配したことであることが分かる。

これが現代地獄の正体である。

お上日本が妄想である証明

お上日本は、
お上に都合のいいことだけ取り上げ、
お上に都合の悪いことは棄却、即ち異物排除する。

妄想はそれに反対するものを削除しなければ成立しない。

即ち、お上日本は妄想である。

*。
日本に軍隊が存在するのも、
お上の都合で、平和憲法を異物排除できるからである。

五票格差合憲判決も、
お上に都合の悪いことは、異物排除できるからである。

これがお上日本の国家秩序である。

    *。
財布がない→お前が盗んだ→金を出せ。
即ち、国に誤りなし→国を守る→国のために死ね。

これは妄想である。

即ち、お上日本は妄想である。

*。
日本人全員一人称である。

これが人情世間体衝動である。

即ち、日本は妄想である。

*。
日本人は誰もが、我々美しい日本を生きている。

こうならないものは非国民であって、日本から異物排除される。

*。
お上日本は、美しい日本というお菓子を食べなければ、
生きることを非国民排除される。

即ち、日本は妄想であり、
日本人の一人称衝動は、これを知ることができない。

   
     *。
美しい日本の対偶=否定は、汚い日本である。

現世は対偶対称性で成立しているから、
美しい日本は汚い日本を作っていた。

美しい日本は、汚い日本人の殺人に成立する。

これが愛国厳罰である。

*。
美しい日本は妄想である。

これを否定すると判断されたものは、異物排除される。

これは外国人にも適応される。

世界が皆日本人でなければならない。

世界は日本を賞賛しなければ非国民だ。

*。
人類は日本人でなければならない。

これは妄想であり、
異物排除すれば、異物排除される。

日本は殺すか殺されるかを生きている。

即ち、日本は妄想である。

ポストモダンの偽善と欺瞞の演技

ポストモダンは、
Goedelの不完全性定理と科学を用い、
その偽善と欺瞞を強化し、隠蔽し、正当化した。

即ち、ポストモダンはインチキとデタラメの帝国である。

*。
こんな類の主張がある。
この主張は間違いであるか間違いでないか。

これは決定不能である。
ただ一つ正しいことは、人間はこの程度だ。

人は分けの分かんないこと生きている。

*。
そこで日本人は言った。
だから金だ、金だ、金だ。
金さえあれば間違いない。

だがそこに生まれた、
強者が生きるために弱者を殺して食う社会だ。

それが人間の世界でしょう。
何か文句あるか。

それはないでしょう。

だからお前らは、食い物にされるのだ。

悔しかったら、強者を殺せばいいじゃないか。
それが出来ない腰抜けどもの戯言だ。

こういう訳で、人類の世界は悪の帝国であった。

*。
これでいいんですか。

良くも悪くもない。
それしかない。

こういう人が現世を支配した。

    *。
人類はいいか悪いか決定不能の世界にある。

ただ一つ正しいことは、人は生きなければならない。

だったら死んでしまえばいい。
こういう人が現れた。

お前ら死ぬことも出来ない腰抜けだ。

*。
袋小路に入った。

ここでは悪魔が支配する。

これが人類の程度であった。

これが理性帝国主義の世界だ。

*。
生きるべきか、死ぬべきか。

今第三の世界が発見された。

そういう世界で幽霊を演じる。
メタ世界があった。

それは日本のイマジネーション世界であった。
源氏物語や芭蕉の世界だ。

*。
理性とイマジネーションが、交わった。

知性をシテとし、感性をワキとする能の世界だ。
生と死から作るメタ生の世界だ。

考えた見れば、大昔から人はこうであった。

それは金と快楽で失った世界だ。

    *。
金と快楽の楽屋があり、知性と感性の舞台があり、
この構造はバイアスと信号の関係だ。

つまりこれがメタ世界だ。

昔からあったが、新しい世界に再発見され直された。

新しいバージョンに上書きされた!

毒入りカレー事件が冤罪である証明2

始めの現場検証で、容疑者宅から砒素は発見されていない。

砒素が発見されたのは、四回目の現場検証でだ。

この砒素は事件に使われたものかどうか。
これは一見決定不能問題だが、
これは四回目の現場検証で、警察官が置いたものだ。

*。
警察官が、置いたかどうか証拠がない。

これは文章上決定不能問題だ。
だが現実の次元で、警察官が置く以外にありえない。

*。
だが国家権力は、この砒素を容疑者が事件に使ったと断定した。

これはお上日本に論理がないことの証明だ。

論理=交通信号のないお上日本では、
お上が絶対的に道路を支配する。

一人称衝動のお上日本には、論理も事実もいらない。
お上の意向がすべてだ。

それが認識できないことが問題の根源だ。

即ち、物事はお上の都合でいじくられる。
これをコントロールできる能力がない。

即ち、文章は書けるが、意味を理解しない。
即ち、この国は妄想を生きている。

これがお上日本の国家秩序である。
即ち、交通信号はお上の意向だ。

*。
即ち、毒入りカレー事件は妄想の中で判決された。

それがこの国を通ることは、
国民もまた妄想を生きている。

そうしないと非国民排除される。

これがお上日本の国家秩序だ。

   *。
法廷の砒素は、四回目の現場検証で警察官が置いたものだ。

論理を使うとこう断定される。

この国は論理でなく、お上の意向で動く。
それを自白したアリバイがこの事件の真相だ。

*。
こういう国で子供はどう生きたらいいのだろう。

毒入りカレー事件が冤罪である証明1

先ずGoedelの不完全性定理をGoedelという言葉を使わないで説明しよう。

ある総理大臣が言った。
靖国に行くとも行かないとも申しません。
これは決定不能文だ。

この文章を分解しそれぞれの対偶=否定を取る。
対偶文はワンセットで現実に存在する。

*。
私は靖国に行くとは申しません。
否定文は、私は靖国へ行かないと申します。

私は靖国へ行かないとは申しません。
否定文は、私は靖国へ行きます。

二つの文章を合成すると、
私は靖国は行きませんが、行きます。
このような状態は存在しない。

ここでただ一つ正しい文章は、
私は靖国へ行きます。

これが決定不能文の決定だ。

*。
私は靖国へ行くとも行かないとも申しません。
この文章は無矛盾である。

従ってこの文章の無矛盾は証明できない。

現実の行動で、
行くことと行かないことが同時に実現することはない。

*。
それは現実が実証している。

この発言をした総理は、精神障害を起した。
ありえないことを実行すると、気が狂ってしまう。

鬼畜米英を天誅殲滅する。
こんな出来ないことを主張した日本は、全滅した。
即ち、証明不能である。

*。
これがGoedelの不完全性定理を実体化したことだ。

形式論理を現実の実体とした貴重なケースだ。

人類は過去を生きている

国家と産業にマスコミ・言論界・学界が処理しているのは過去の問題だ。

過密化し高速化した世界は、
問題を認識解決することは、過去を生きることになった。

現在を生きながら問題処理は過去を生きることだ。
現代人は現実を失った。

現実は予測し推測し洞察することでしか対応できなくなった。
現実とは創造的にしか出会えなくなった。

世界は予定調和的決定論的に対応できなくなった。
即ち、現実は確率統計的、即ち推測的創造的にしか対応できない。

*。
自己実現といっていることは、
現在に自己はなくなったことを言っている。

自己を将来に創造的にしか出会えず、実体化できない。

現在の自己を処理しては、
処理した時既に過去の自分でしかない。
ここの現在を失い、
自己の亡霊を生きるのだ。

    *。
国家と産業とマスコミが対象にするのは、過去であり、
これで金と権力を得られても、
それは過去と生きるのであり、
そこに現在と現実とない。

人々は過去の奴隷となり、現在の家畜となった。

*。
これが閉塞感と心の闇の正体の一部でもある。

過去に閉じ込められ、生きることを失った。

過去を生きることが閉塞感の正体であり、
現在を失った心の闇が、
人々を発狂させ、
悪と暴力を生きることを強要する。

*。
これが医療過誤であったり、
事故事件や教育問題や経済の崩壊でもある。

現在がない→過去を現在にしてやる→金と快楽を出せ。

ここに生きられるが、生きてはいない。
生きることを偽装している。
これが偽善と欺瞞、
即ち閉塞感と心の闇の生き方だ。
即ち、現実を失っている。

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