人間の原点に到達した!

すべての自分が、交換可能であるとする。

すると直ちに分かるのは、
人はそれぞれを生きているが、
皆同じに成型される。

誰も同じであるとなる。
そこにはいいとか悪いとかの違いはない。

*。
それでは、何故いじめられる人ができるのか。

まして、過労死される人や餓死される人や、
そういう違いはどうなるんだろう。

やがて皆同じ死につく。

*。
では死ぬまでのプロセスに違いがあるのはどういうことか。

これはイタチごっこになる。
ゼノンの矢だ。

皆人生止まっていることにすればよい。

*。
すると生きていることは、仮初のものだ。
蜃気楼だ。

これは仏教ではないか。

      *。
だがはっきりしている問題もある。

人が誰もが苦しむ問題がある。
それを素通りする生き方になる。

*。
その問題は解決できない。

だがその問題を皆で苦しみ、
それを分け与えることもできる。

*。
これがゲーデル問題だ。

解くことも解かないこともできない。

だが皆で苦しむことはできる。

これが人間性ではないか。

    *。
これがカインとアベル問題だろうし、
すべて神の問題とし、
信仰すればするほど、苦難を与えられるヨブの問題でもあろう。

*。
これ正にゲーデル問題だ。

解こうとすればするほど、深みに嵌る。

*。
ではどうすればいいのか。

ここで、虐げられたものは幸いであるとなる。

これ以上苦しめない時、そこに魂が現れる。

こうなると、すべての魂は自己同一化する!

  *。
ここに絶対矛盾は自己同一化する。

何とここに来ると、人間が振り出しに戻る。

人間の原点は、
この振り出し状態、
即ち、朝永のくりこみ理論にある。

ここからはじめるものは、幸いである。

即ち、虐げられたものは幸いである。
人間の霊に出会えた!

*。
朝永がくりこみ理論は人間の本姓の問題だといったことがここで分かる。

くりこみ状態からはじめることは、
人の魂から始まることであった!

     *。
即ち、負帰還状態となると、
そこには命の灯が灯る。

ここからはじめよう。

これが人間の原点だ。

世界は 何故 悪の帝国に支配され続けられたか

世界は何故悪の帝国に占拠されていたか。

マスコミ始め、学会・言論界が、
悪の帝国を非難し、
その裏で国家権力の仲間に加わり、
その利益を得ていることが原因だ。

この利益を固執する人々、
それを非難することで、その利益を得る人々は、
国家権力のぶら下がりであり、
コミュニズムとファシズムのように、
一心同体だ。

同じものが、右と左に分かれ、
単に綱引きをしているが、
同じ国家権力のぶら下がりだ。

彼らが食い物にするのは、国家権力だ。

    *。
どうしても国家権力を手にするものは、
伝家の宝刀、即ち、世界の繁栄を手に入れる。

これが悪の帝国を先頭に、他の権力のぶら下がり、
即ち、悪の帝国の寄生虫として、利益を得ている。

*。
ここに悪の帝国、
即ちヘゲモニーが必要になる。

国家権力は、世界を支配する剣だ。

これを取るものは、世界を支配する。
その先頭が、悪の帝国で、
他はそれに釣り下がる。

   *。
悪は善より強い。

善には努力が必要だが、悪は努力なしでできる。

*。
これが世界構造であるから、
これをなくすことはできない。

だがこれに支配されない努力は必要だ。

*。
これが社会性ということだ。

多くの人が、苦しむ悪を、
皆で苦しみ、
そこに社会としての、回答を出す。

   *。
仏教や儒教が役立たずとなったことは、この努力がないからだ。

彼らは、世界に善悪二次元構造を、
悪と善に分けて、
互いに綱引きをし、
せいぜい行って、バランスすることだ。

それは国家権力ではない。
だからコミュニズムもファシズムも滅んだ。

それは目標であって、実現しない。
即ち、実現しない目標であった。
即ち、消点vanishing pointであった。

*。
仏教は儒教は、世界を善悪に分けただけだ。

結局悪が強く、
世界を暴力集団に任せることにしかならなかった。

*。
ここを出るには、悪の制裁に暴力も必要となる。

    *。
だがもっと上等の階型が見つかった。

それがゲーデルの不完全性定理だ。

*。
ゲーデル階型で処理すると、
この悪の支配を抜けることができる!

これが相対性理論でもある。

*。
即ち、自我が拡張され、
世界に運動する自我、
即ち、不動点世界が確立された。

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