民主主義は自己否定を自己責任と呼ばせる
民主主義は、
抑圧や弾圧を主張するものを、
自己疎外、即ち異物排除し、
それらを外部に排除する。
民主主義は、
民族自決を主張するものを、
弱いものいじめに還元し、
弱いもの同士を殺し合うシステムとする。
*。
民主主義は、
殺人を自殺と呼ばせ、
通り魔による国家秩序再建を、
許されざる犯罪として異物排除する。
民主主義は、
分断を孤立と呼ばせる。
民主主義は、
いい学校いい会社を、ばら色に染め上げ、
そうでないものは、免疫として異物排除する。
*。
民主主義は、
理念を普遍妥当性と呼ばせ、
自己否定を自己責任とよばせる。
抑圧や弾圧を主張するものを、
自己疎外、即ち異物排除し、
それらを外部に排除する。
民主主義は、
民族自決を主張するものを、
弱いものいじめに還元し、
弱いもの同士を殺し合うシステムとする。
*。
民主主義は、
殺人を自殺と呼ばせ、
通り魔による国家秩序再建を、
許されざる犯罪として異物排除する。
民主主義は、
分断を孤立と呼ばせる。
民主主義は、
いい学校いい会社を、ばら色に染め上げ、
そうでないものは、免疫として異物排除する。
*。
民主主義は、
理念を普遍妥当性と呼ばせ、
自己否定を自己責任とよばせる。
自我から精神へ
閉塞する文明や管理される自我、
損傷された肉体とか容量の足りなくなった自我、
意識の流れの揺れとか実存の不安、
これらを一括して言うには、
自我が世界に対応しなくなったことだ。
自我で世界に対応できない。
*。
自我を世界に対応するように拡張されねばならない。
これらはその問題のトートロジーだ。
*。
これが自我から精神への発展だ。
精神世界には、自分も入り、
そこには世界精神も入っている。
これが拡張された精神だ。
そこのは環境問題も入っている。
*。
その世界空間を、自分が運動し、
そこに世界が現れ、そこに不動点が現れる。
世界空間を運動する自分であり、
そこには世界と精神が共存する。
*。
もはや自我では世界に対応できない。
自我では実存が不安になり、
意識を揺らすシーソーは、子供の遊びとなった。
*。
世界を引き受ける自分、
世界を遊泳する自己、
ここには自我の貧困と精神の遅滞で対応するのだ。
世界を引き受ける自分が必要だ。
*。
それが「恐れを知らぬ冒険」だ。
そこの得られた自由の精神には、打ち負かされない力が働く。
ここに実存の不安とか精神の揺れは克服される。
これが大人の自我だ。
損傷された肉体とか容量の足りなくなった自我、
意識の流れの揺れとか実存の不安、
これらを一括して言うには、
自我が世界に対応しなくなったことだ。
自我で世界に対応できない。
*。
自我を世界に対応するように拡張されねばならない。
これらはその問題のトートロジーだ。
*。
これが自我から精神への発展だ。
精神世界には、自分も入り、
そこには世界精神も入っている。
これが拡張された精神だ。
そこのは環境問題も入っている。
*。
その世界空間を、自分が運動し、
そこに世界が現れ、そこに不動点が現れる。
世界空間を運動する自分であり、
そこには世界と精神が共存する。
*。
もはや自我では世界に対応できない。
自我では実存が不安になり、
意識を揺らすシーソーは、子供の遊びとなった。
*。
世界を引き受ける自分、
世界を遊泳する自己、
ここには自我の貧困と精神の遅滞で対応するのだ。
世界を引き受ける自分が必要だ。
*。
それが「恐れを知らぬ冒険」だ。
そこの得られた自由の精神には、打ち負かされない力が働く。
ここに実存の不安とか精神の揺れは克服される。
これが大人の自我だ。
ゲーデル階型で脳支配を脱出した
西欧の理性帝国主義の原因は、西欧の脳支配であった。
日本の左脳原理主義は、左脳の脳支配であった。
*。
ゲーデル階型の獲得で、脳支配を脱出した。
脳をコントロールできるようになった。
西欧支配とか日本の原理とかを越えられた。
ここに自由の精神を得ることができた。
*。
人は高位の脳コントロールの獲得で、
自由な精神を生きることができる。
*。
ここにこそ負のエントロピ−を食べる文明がある。
これはゲーデル階型の獲得でできることだ。
負のエントロピーを食べる文化は、ここにしか成立しない。
*。
ここに人は自我を拡張し、
世界を泳ぎ、そこに不変式を求める、世界自己を得た。
それは世界から自己解を得る世界と違う。
*。
人は単に生きることから、
即ち、生理的身体的生理から、脱出した。
ここに精神世界を得た。
*。
ここにこそ脱自我があり、打ち負かされない力が働く。
*。
人は自分が生きるための、生理的解の行き方を脱出した。
精神的に生きなければならなくなった。
*。
人はスカラー世界を脱出、
生きることに方向性を持った、ベクトル世界に入った。
単に生きているだけのスカラーでなくなった。
生きている方向が正しいか判断する段階だ。
それが精神性だ。
*。
愛を超えた、精神の世界に入った。
ここで魂に接近にした。
それは世界の不動点世界だ。
世界に不動点を求める、
これがこれからの人の生き方だ。
日本の左脳原理主義は、左脳の脳支配であった。
*。
ゲーデル階型の獲得で、脳支配を脱出した。
脳をコントロールできるようになった。
西欧支配とか日本の原理とかを越えられた。
ここに自由の精神を得ることができた。
*。
人は高位の脳コントロールの獲得で、
自由な精神を生きることができる。
*。
ここにこそ負のエントロピ−を食べる文明がある。
これはゲーデル階型の獲得でできることだ。
負のエントロピーを食べる文化は、ここにしか成立しない。
*。
ここに人は自我を拡張し、
世界を泳ぎ、そこに不変式を求める、世界自己を得た。
それは世界から自己解を得る世界と違う。
*。
人は単に生きることから、
即ち、生理的身体的生理から、脱出した。
ここに精神世界を得た。
*。
ここにこそ脱自我があり、打ち負かされない力が働く。
*。
人は自分が生きるための、生理的解の行き方を脱出した。
精神的に生きなければならなくなった。
*。
人はスカラー世界を脱出、
生きることに方向性を持った、ベクトル世界に入った。
単に生きているだけのスカラーでなくなった。
生きている方向が正しいか判断する段階だ。
それが精神性だ。
*。
愛を超えた、精神の世界に入った。
ここで魂に接近にした。
それは世界の不動点世界だ。
世界に不動点を求める、
これがこれからの人の生き方だ。
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