私はウソは申しません
私はウソは申しません、
どういう意味なんだろう。
欧米だったら、聖書に手を置いて、
私はウソは言いませんと言えばいい。
それでも嘘をつくやつもいる。
*。
私は正直に話します。
対偶を取れば、
私は嘘つきです。
つまり、私は正直か嘘つきかのどちらかです。
*。
これも昔の総理大臣の、
私は靖国に行くとも行かないとも申しませんと同じだ。
日本では、偉い人は、
嘘つきであるとも無いとも言わずに、ウソをつけるのだ。
*。
これがゲーデルの唯一つ正しいことに相当する。
これをぼかすことが、一人称衝動だ。
即ち、これが衝動で、日本人以外に無い現象だ。
*。
即ち、日本人はウソとつくともつかないともいえる。
だが行動次元で、どちらかしかない。
同時にそれができない。
*。
ここに、私は嘘つきであるとも無いともいえない状態となる。
するとゲーデル階型で、
唯一つ正しいことは、私は嘘つきであるとなる。
日本にはこの論理が無いから、平然としていられるのだ。
即ち、日本人はゲーデル以前のあいまいにある。
これは成立しない。
*。
これがコオロギを美しく聞きながら、人を殺せることになる。
*。
私はウソは申しません、
その対偶は、私は正直ではありません。
私は正直です、
その対偶は、私は嘘つきです。
*。
この対角論法を取る、
すると、私は正直にウソをつく、
あるいはウソに正直ですとなる。
こんな論理は成立しない。
即ち、これはお上戦車が、人を殺して進むということだ。
*。
これがお上論法であった。
これは一人称衝動論理で成立しても、
このような世界は日本以外ない。
*。
日本にもこれは無い。
即ち、お上論法は妄想である。
どういう意味なんだろう。
欧米だったら、聖書に手を置いて、
私はウソは言いませんと言えばいい。
それでも嘘をつくやつもいる。
*。
私は正直に話します。
対偶を取れば、
私は嘘つきです。
つまり、私は正直か嘘つきかのどちらかです。
*。
これも昔の総理大臣の、
私は靖国に行くとも行かないとも申しませんと同じだ。
日本では、偉い人は、
嘘つきであるとも無いとも言わずに、ウソをつけるのだ。
*。
これがゲーデルの唯一つ正しいことに相当する。
これをぼかすことが、一人称衝動だ。
即ち、これが衝動で、日本人以外に無い現象だ。
*。
即ち、日本人はウソとつくともつかないともいえる。
だが行動次元で、どちらかしかない。
同時にそれができない。
*。
ここに、私は嘘つきであるとも無いともいえない状態となる。
するとゲーデル階型で、
唯一つ正しいことは、私は嘘つきであるとなる。
日本にはこの論理が無いから、平然としていられるのだ。
即ち、日本人はゲーデル以前のあいまいにある。
これは成立しない。
*。
これがコオロギを美しく聞きながら、人を殺せることになる。
*。
私はウソは申しません、
その対偶は、私は正直ではありません。
私は正直です、
その対偶は、私は嘘つきです。
*。
この対角論法を取る、
すると、私は正直にウソをつく、
あるいはウソに正直ですとなる。
こんな論理は成立しない。
即ち、これはお上戦車が、人を殺して進むということだ。
*。
これがお上論法であった。
これは一人称衝動論理で成立しても、
このような世界は日本以外ない。
*。
日本にもこれは無い。
即ち、お上論法は妄想である。
優しさは免疫値 残酷は相対値
日本人は通常、喜怒哀楽に生活する。
だがお上に触れた途端、絶対値の世界に入る。
お上の世界は法律用語を使う。
それから一言一句合っていないと、
知りません、聞いたことがありませんとなる。
*。
在るとも無いとも言えない世界が現れる。
ここでは一言一句、合っていないと無いのである。
そのもので無いと無いのである。
*。
即ち、この間に変換は無い。
人は直ちに非日常に送り込まれる。
日常会話の無い世界に入る。
*。
生活保護を申請する。
本人が行くと、そんな話は聞いたことが無いとなる。
専門家が同伴すると、直ちに受け付けられる。
*。
何が違うのか。
専門家は一言一句正しいことを言うからだ。
*。
栃木県警虚偽犯人事件にこれが見られる。
本人がやったという話以外、すべてが無いのである。
*。
日常は人の関わりで生きている。
だが人の関わりがない世界に、閉じ込められる。
誰もがどうしていいか分からない。
*。
こうして国家のやりたいように、操作されるのだ。
*。
日本人の優しさの総体は、残酷さである。
すべての優しさを合わせると、残酷となる。
*。
この残酷は、日常には無い。
お上の世界だけ在る。
日本人がお上を背負うと、残酷になる。
*。
日ごろいいお父さんも、
お上を背負うと人殺しに何の問題も無くなる。
*。
これがお上認知症の世界だ。
*。
日常と非日常の乖離、
優しさは偽善と欺瞞の演技なのか、
残酷さが偽善と欺瞞の演技なのか。
これが同一化した世界こそ、日本人の一人称衝動の世界だ。
これが日本人の根源だ。
*。
即ち、コオロギを美しく聞くことと、
人を殺すことはお上世界では同一だ。
即ち、絶対矛盾の自己同一性だ。
*。
これを使って世界を同一化する。
これがお上忍法だ。
*。
今、お上忍法に繰り込みを掛け、
世界を負のエントロピーに同一化する。
*。
これが日本ストラテジーであり、日本ミッションだ。
即ち、お上忍法という。
世界を背負い投げ一本、世界を同一化するのだ。
*。
そのために日本に仕掛けられた日本マンモス・プログラムだ。
これを出た、人類は人類に同一化する。
だがお上に触れた途端、絶対値の世界に入る。
お上の世界は法律用語を使う。
それから一言一句合っていないと、
知りません、聞いたことがありませんとなる。
*。
在るとも無いとも言えない世界が現れる。
ここでは一言一句、合っていないと無いのである。
そのもので無いと無いのである。
*。
即ち、この間に変換は無い。
人は直ちに非日常に送り込まれる。
日常会話の無い世界に入る。
*。
生活保護を申請する。
本人が行くと、そんな話は聞いたことが無いとなる。
専門家が同伴すると、直ちに受け付けられる。
*。
何が違うのか。
専門家は一言一句正しいことを言うからだ。
*。
栃木県警虚偽犯人事件にこれが見られる。
本人がやったという話以外、すべてが無いのである。
*。
日常は人の関わりで生きている。
だが人の関わりがない世界に、閉じ込められる。
誰もがどうしていいか分からない。
*。
こうして国家のやりたいように、操作されるのだ。
*。
日本人の優しさの総体は、残酷さである。
すべての優しさを合わせると、残酷となる。
*。
この残酷は、日常には無い。
お上の世界だけ在る。
日本人がお上を背負うと、残酷になる。
*。
日ごろいいお父さんも、
お上を背負うと人殺しに何の問題も無くなる。
*。
これがお上認知症の世界だ。
*。
日常と非日常の乖離、
優しさは偽善と欺瞞の演技なのか、
残酷さが偽善と欺瞞の演技なのか。
これが同一化した世界こそ、日本人の一人称衝動の世界だ。
これが日本人の根源だ。
*。
即ち、コオロギを美しく聞くことと、
人を殺すことはお上世界では同一だ。
即ち、絶対矛盾の自己同一性だ。
*。
これを使って世界を同一化する。
これがお上忍法だ。
*。
今、お上忍法に繰り込みを掛け、
世界を負のエントロピーに同一化する。
*。
これが日本ストラテジーであり、日本ミッションだ。
即ち、お上忍法という。
世界を背負い投げ一本、世界を同一化するのだ。
*。
そのために日本に仕掛けられた日本マンモス・プログラムだ。
これを出た、人類は人類に同一化する。
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