不動点としての世界性
人を殺して作る国家秩序は国家地秩序か。
悪を野放しにして作る国家秩序は国家秩序か。
*。
日本には社会がないから、国家秩序もない。
それはとそういってるだけの偽装だ。
即ち、日本には本質がない。
これは白昼夢や空想や幻想や妄想と変わらない。
*。
日本人は空想をうまく使っているのだろうか。
これが日本文学ファンタジー論だ。
*。
現代世界は、
人を疎外・閉塞と心の闇と悩みに立て、
こっちに立てばあっちにいけ、
あっちに立てばこっちにこいと、
ボウルを投げ合っている。
これが閉塞と闇の発振現象だ。
*。
人はここに閉じこもり、
ここに孤独と空虚と喪失を味わい、
ここに魂の宿を作った。
そこでいい気持ちになる。
*。
これは負のエントロピーを食べ、
孤独と絶望を資源として消費しているようでもある。
だがこれで、人に世界に不動点を取れるだろうか。
*。
そこに現れるいい気持ちって何だろう。
もう人はいい気持ちを問題にしていない。
これを超えた世界に出た。
いい気持ちは幻想で、
人は自由の精神を展開することとなった。
それがいい気持ちの展開系だ。
*。
知性化で、世界は変わった。
それに適応することが問題となった。
これを国家秩序が妨害する。
国家の職業構造が、変わった。
新しい生き方の時代となった。
*。
これた新しい世界秩序だ。
秩序を超えた不動点がここにある。
すべては一新された。
悪を野放しにして作る国家秩序は国家秩序か。
*。
日本には社会がないから、国家秩序もない。
それはとそういってるだけの偽装だ。
即ち、日本には本質がない。
これは白昼夢や空想や幻想や妄想と変わらない。
*。
日本人は空想をうまく使っているのだろうか。
これが日本文学ファンタジー論だ。
*。
現代世界は、
人を疎外・閉塞と心の闇と悩みに立て、
こっちに立てばあっちにいけ、
あっちに立てばこっちにこいと、
ボウルを投げ合っている。
これが閉塞と闇の発振現象だ。
*。
人はここに閉じこもり、
ここに孤独と空虚と喪失を味わい、
ここに魂の宿を作った。
そこでいい気持ちになる。
*。
これは負のエントロピーを食べ、
孤独と絶望を資源として消費しているようでもある。
だがこれで、人に世界に不動点を取れるだろうか。
*。
そこに現れるいい気持ちって何だろう。
もう人はいい気持ちを問題にしていない。
これを超えた世界に出た。
いい気持ちは幻想で、
人は自由の精神を展開することとなった。
それがいい気持ちの展開系だ。
*。
知性化で、世界は変わった。
それに適応することが問題となった。
これを国家秩序が妨害する。
国家の職業構造が、変わった。
新しい生き方の時代となった。
*。
これた新しい世界秩序だ。
秩序を超えた不動点がここにある。
すべては一新された。
カルトはカルトである証明
カルトを批判する人たちも、またカルトである。
*。
平行線が交わらない世界では、どちらかに強弱が出来る。
すると国家秩序側は、反国家秩序を批判する立場となる。
即ち、国家秩序は、そうでない人を異物排除する。
すると反国家秩序側も、国家を異物排除する。
*。
すれと強い側が、弱いものを、異物排除する。
これが国家秩序である。
すると勝てば官軍、負ければ賊軍となる。
*。
即ち、勝っている方が国家秩序となる。
だからヒトラーが勝てば、ヒトラーが国家秩序となる。
すると勝った方が負けた方を成敗する。
*。
これは社会秩序か。
だが歴史はそうして進んできた。
即ち、勝った方は、負けた方を異物排除する。
これが世界秩序であった。
*。
だからだれも勝ちを取ろうと、する。
これに文句言っても始まらない。
これが国家秩序であった。
*。
遂にこんなこといつまでやっていても、始まらない。
だが絶対秩序はない!
*。
即ち、ここで相対化する。
光があっちから来る、こっちからも行く。
その時どうなるか。
相互関係で時間が伸縮する。
ここには平行線はない。
*。
即ち、絶対真理を越えた。
相対論世界では、国家カルトが絶対に正しくなくなった。
それらは時間の伸縮の問題となった。
*。
皆正しい。
即ち、これが多様化だ。
*。
ここにはヨブの問題はない。
皆正しい。
*。
善人なをもて往生をとぐ いはんや悪人もや。
皆正しい。
これが多様性世界だ。
*。
国家秩序論は、平行線の交わらない世界のことだ。
ここでオウムを論じるなら、オウムは犯罪者だ。
多様性の世界では、皆正しい。
もう真理はない!
*。
皆正しい世をどうやって生きるか。
人はその使命を果たすしかない。
*。
いよいよ負のエントロピーを食べる世界が始まった。
人類を負帰還の火の玉とする。
人類は永遠の灯をともした。
*。
日本忍者は、背負い投げ一本を決めていこう。
*。
平行線が交わらない世界では、どちらかに強弱が出来る。
すると国家秩序側は、反国家秩序を批判する立場となる。
即ち、国家秩序は、そうでない人を異物排除する。
すると反国家秩序側も、国家を異物排除する。
*。
すれと強い側が、弱いものを、異物排除する。
これが国家秩序である。
すると勝てば官軍、負ければ賊軍となる。
*。
即ち、勝っている方が国家秩序となる。
だからヒトラーが勝てば、ヒトラーが国家秩序となる。
すると勝った方が負けた方を成敗する。
*。
これは社会秩序か。
だが歴史はそうして進んできた。
即ち、勝った方は、負けた方を異物排除する。
これが世界秩序であった。
*。
だからだれも勝ちを取ろうと、する。
これに文句言っても始まらない。
これが国家秩序であった。
*。
遂にこんなこといつまでやっていても、始まらない。
だが絶対秩序はない!
*。
即ち、ここで相対化する。
光があっちから来る、こっちからも行く。
その時どうなるか。
相互関係で時間が伸縮する。
ここには平行線はない。
*。
即ち、絶対真理を越えた。
相対論世界では、国家カルトが絶対に正しくなくなった。
それらは時間の伸縮の問題となった。
*。
皆正しい。
即ち、これが多様化だ。
*。
ここにはヨブの問題はない。
皆正しい。
*。
善人なをもて往生をとぐ いはんや悪人もや。
皆正しい。
これが多様性世界だ。
*。
国家秩序論は、平行線の交わらない世界のことだ。
ここでオウムを論じるなら、オウムは犯罪者だ。
多様性の世界では、皆正しい。
もう真理はない!
*。
皆正しい世をどうやって生きるか。
人はその使命を果たすしかない。
*。
いよいよ負のエントロピーを食べる世界が始まった。
人類を負帰還の火の玉とする。
人類は永遠の灯をともした。
*。
日本忍者は、背負い投げ一本を決めていこう。
ベクトル・コンプレックス
リアリティはスカラーであり、
現代人はベクトル化し、
即ち、方向として、心や魂や霊を持った。
心や魂が人の生存に不可欠な要素となった。
*。
だが皆精神化する訳ではないので、スカラー人もいる。
世界を切り開く人はベクトル人でないといけない。
この人たちが、人生の恐れを知らぬ冒険者だ。
*。
スカラーは量の大小を問題にする。
所得や消費は、ただの量である。
正帰還の世界は、量の大小の世界だ。
でかいほどいい世界だ。
*。
負帰還となると、その質が問題だ。
即ち、これが方向だ。
心とか魂のよさが問題となる。
*。
スカラーは平行線の世界だ。
人を差別することが問題だ。
*。
これが支配の問題だ。
民主主義は、実は支配の問題だった。
偉い人と偉くない人が、平行線となり、異物排除する。
*。
これが限界に来た、新自由主義×グローバリゼーションだ。
これは結局、国家を最後に排除するシステムだった。
即ち、自分を排除するシステムだ。
*。
ここでは免疫システムは有害だ。
つまりこれを越えたシステムが必要になった。
免疫の世界を終わり、
次の平行線が交わる、相対論に移行した。
これが人の精神化や知性化だ。
*。
リアリティも感覚から、感性に移行した。
感性と知性のコンプレックスとなった。
それらが複合して一体となった。
*。
感覚だけ取ると、それフラットな感覚となり、
平行線感覚で、上下の差別化となる。
もうこの時代は終わった。
人に心や魂が入ったからだ。
*。
文明は成熟し、次の段に入った。
消費に自己を示す時代は終わった。
自分の中身が問題になった。
だがここにもスカラーとベクトルの違いはある。
*。
静かに落ち着いて暮らす、その中身が問題になった。
これが知的精神生活だ。
これがベクトル時代だ。
*。
物の生産と消費は、脇役となった。
*。
それがベクトル時代であり、
負のエントロピーを食う時代だ。
人は負帰還の中の、火の玉となる。
これで人が世界に迷惑を掛けない時代となる。
人類が自立したのだ。
現代人はベクトル化し、
即ち、方向として、心や魂や霊を持った。
心や魂が人の生存に不可欠な要素となった。
*。
だが皆精神化する訳ではないので、スカラー人もいる。
世界を切り開く人はベクトル人でないといけない。
この人たちが、人生の恐れを知らぬ冒険者だ。
*。
スカラーは量の大小を問題にする。
所得や消費は、ただの量である。
正帰還の世界は、量の大小の世界だ。
でかいほどいい世界だ。
*。
負帰還となると、その質が問題だ。
即ち、これが方向だ。
心とか魂のよさが問題となる。
*。
スカラーは平行線の世界だ。
人を差別することが問題だ。
*。
これが支配の問題だ。
民主主義は、実は支配の問題だった。
偉い人と偉くない人が、平行線となり、異物排除する。
*。
これが限界に来た、新自由主義×グローバリゼーションだ。
これは結局、国家を最後に排除するシステムだった。
即ち、自分を排除するシステムだ。
*。
ここでは免疫システムは有害だ。
つまりこれを越えたシステムが必要になった。
免疫の世界を終わり、
次の平行線が交わる、相対論に移行した。
これが人の精神化や知性化だ。
*。
リアリティも感覚から、感性に移行した。
感性と知性のコンプレックスとなった。
それらが複合して一体となった。
*。
感覚だけ取ると、それフラットな感覚となり、
平行線感覚で、上下の差別化となる。
もうこの時代は終わった。
人に心や魂が入ったからだ。
*。
文明は成熟し、次の段に入った。
消費に自己を示す時代は終わった。
自分の中身が問題になった。
だがここにもスカラーとベクトルの違いはある。
*。
静かに落ち着いて暮らす、その中身が問題になった。
これが知的精神生活だ。
これがベクトル時代だ。
*。
物の生産と消費は、脇役となった。
*。
それがベクトル時代であり、
負のエントロピーを食う時代だ。
人は負帰還の中の、火の玉となる。
これで人が世界に迷惑を掛けない時代となる。
人類が自立したのだ。
| HOME |



