お上論法

優しい残酷と残酷の優しさはどう違うか。

優しく残酷することと、
残酷に優しくすること。

これをリセットすると、同じとなる。
それが一人称衝動だ。
即ち、左脳原理主義だ。

   *。
お上論法がある。

お上裁判官や役人のやる手口だ。

*。
先ず、何が言いたいんだ、とくる。

何か言うと、だから何だって言うんだ、とくる。

すると国民は、この両方を、往来し、
疲れ果て、死ぬまで、続けられる。

結論は明らかだ。
お上の勝ち。

    *。
優しく残酷する、スパルタ教育かも知れない。

すると頭を叩いて、頑張れとくる。
優しくして頬を叩くことだろうか。

*。
何時もこの発振運動だ。

結局、国民が死ぬまで続く。

*。
これが自己否定の自己責任だ。

手口は発振にあった。

    *。
これらは、発振という現象を理解すると、簡単に理解出来る。

こんな手に何千年も掛かっていた。
想像力の欠如、貧しい自我。

かくして人はお上の言いなりだ。

*。
これを拡張すると、これが悪の帝国の方法論でもある。

つまり、人類は悪の発振に潰されていた。
呑み込まれ、死ぬまでやられていた。

その手口をつかんだ!

アメリカ・日本文学は児童文学である

アメリカ・日本文学は、
夢と希望の子宮に篭り、
それを生きがいにする自閉症システムだある。

大人の文学は、
人間と人類の世界に出産し、
そこに人の悩みや苦しみをプールし、
それをコモンセンスに、
人類としての答えを出すことだ。

   *。
自我は広い世界に拡散し、
何が自分だか分からない状態だ。

*。
人の話に同調し、人をいじめ殺す。

自分を同調素子に、皆と騒ぐことは、
それは自分の仕業か。

そこには自分はない。

*。
テレビで大笑いする自分は自分か。

自分を一つの部品と使用することは自分の仕業ではない。
自分を他人と共用したことだ。

そこには自分はない。
一部品としての自分は、自分ではない。

    *。
自分の拡散し、分散した。
それがすべて自分ではない。

では自分とは何か。

*。
アメリカと日本は、自分の快楽を自分とした。

ここに快楽に恍惚とする人が生まれ、これを人と定義した。

ここのは個人はいない。

   *。
アメリカ・日本型の文化産業は、
個々人の主体の差異を消し去り、
社会の機能に変えた(アドルノ)。

この文化産業に取り込まれた人々は、
もはや葛藤を覚えることなく、
自分の脱人間化を、
人間的ないことと思い、
悲惨を安心して消費し(狩谷あゆみ)、
自己否定を自己責任として消費し楽しむのだ。

*。
一体ここにあるのは自分か。

自分であるのか、自分でないのか。

唯一つある正しいことは、自分は拡散したことだ。

     *。
ここには交わらない平行線はない。

生理的自分を超えた。

世界運動が成立し、その不動点を自己とするしかない。
即ち、自我自体超えた。

これが天動説自我から、地動説自己への展開だ。

*。
アメリカ・日本文学は、子宮引きこもりの自閉症である。

そこには夢と希望があり、
それは官能と成功物語の変態だ。

*。
これを疲れ果てさせるまでやる。

やってはならないことはやるな

やってならないことするな。

ゲーデル階型を一つに集約できる。
人類はやってならぬことをやり過ぎ、崩壊した。

   *。
人類は、脳を軸に、人の活動を、自己完結していた。

これではいろいろの矛盾が出来る。
西欧は理性帝国主知を築き、
日本は左脳原理主義を展開し、
地球上で、分裂し、喧嘩闘争となった。

*。
これを抜け出ることは、より高位の階型に、委ねることだ。

それがゲーデル階型である。

     *。
出来ないことはするな。
やってはならないことはするな。

即ち、人類を負帰還システムの火の玉とすることだ。

*。
これだけで全人類はうまく行く。

人が問題にすることは、
この上の階型の心や魂を歌うことだ。
これが世界空間の不変式だ。

それはゲーデル階型として集約される。

    *。
人間性の必然性は、
人間行為の実践にあるのであって、
人の脳の運動法則の解明にあるのではない。

*。
これらがクロストークされ、
そこに自己疎外を生きる、心の闇が生まれ、
それを生きることを、
人の生とした。

*。
人を平行線中に閉じ込め、
これを出ることを、
人の生とした。

即ち、自己否定を自己責任とした。

*。
即ち、出来ないことをやらせていた。

国家はやってはならぬことをやらせ、
そこに自己の利権を築いた。
そして人々を過労死させた。

    *。
ここから抜け出られないのは、
平行線の交わらない、異物排除を生きるからだ。

だがこの階型を抜けるには、
ゲーデル階型が必要だ。

*。
やってはならないことをするな。

これが本来の日本文だ!
日本文を使うと、ゲーデル階型がうまく理解できる。

   *。
西欧化日本は、原理主義に陥っていた!

原理主義は原理主義の餌食だ。
即ち、自己否定を自己責任とする。

これが原理主義だ。

*。
日本原理主義は、
人をパラドックスに入れ、
疲れ果てさせ、それで命を終わる。

これがお上支配だ。

その脱出法が分かった。

ここに日本忍術がある。

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