苦しみと喜び
苦悩を通した歓喜、ベートーヴェンの言葉だ。
この喜びは、社会で成立する。
ところが仏教や儒教の修行はどうか。
自分を修行し、その中に桃源郷といった世界を作る。
ここには社会性がない。
修行世界と社会が切り離されている。
*。
この修行の世界をパラレル・ワールド化し、
そこにすべての人が愛し合い、
皆がこの喜びで繋がることをイメージできる。
これは妄想ではないか。
*。
現実を見れば、人は殺し合い、潰し合って生きている。
つまり現実のパラレル・ワールドと作れば、
その対偶恒等式で、愛の対偶は、殺し合いとなる。
愛と殺し合いが、対偶対称で自己同一化する。
*。
これは偽善と欺瞞の演技ではないか。
*。
人の殺し合いや潰し合いの中に、
愛を歌うことはある意味で、ないものねだりだ。
でもそれをやろうとする人は絶えない。
*。
そんなことやらずに、
現実と別個の、いい世界を作る。
そこでいい気分のなればいい。
こう言う考えも出来る。
*。
だがここにばらばら力とまとまり力を認める。
世界は発散し解体する。
それを負帰還し、そこにまとまり力を作れる。
それが人の生き方だ。
これが魂の生き方だ。
*。
ここに負のエントロピーを食べる世界がある。
それは負帰還に、人の魂を埋め込み、
これを燃焼させることだ。
*。
ないものねだりに見える愛と、この世を脱出した慈悲。
これが負帰還システムを作ると、同一化する。
*。
これが日本忍者の仕事である。
こういうことをこのブログがやっている。
*。
リアリティは、人から魂を抜くことだ。
魂の特異点のリアリティだ。
リアリティの対偶は、自己疎外と自己閉塞だ。
ここに生きがいを求めることが、心の闇だ。
この方程式が見つかった。
*。
自己の破壊を、リアリティといっていた。
ここに人は悪の迷宮に自ら身投げしていた。
これが有史以来、人は悪の世界の住人だった。
人が自ら、極悪に喜んで快楽を求めていた。
*。
毎日毎日、悪を楽しく消費し、
ここに人の真実を廃棄していた。
人が毎日毎日、
夢と希望と称して、魂を死に廃棄していた。
これを楽しくする社会を作っていた!
*。
これが現代のパラドックスだ。
人は夢と希望を楽しく消費し、魂を捨てていた。
夢と希望は、悪魔のお菓子だった。
*。
おいしいものを食べる、そして肥満に悩む。
病気になると痩せられる。
どう対応したらいいのか。
とんでもないパラドックスを背負い込んだ現代人だ。
パラドックしに絞め殺されつつある。
*。
逆に飢える人が共存する。
肥満と飢餓は、対偶だ。
*。
世界は肥満地帯と飢餓地帯に分割統治された。
人は自らのパラドックスに落ち込んだ。
それは自分で這い上がるしかない。
これほど厄介なパラドックスはない。
*。
だがここに負のエントロピーを食べる世界がある。
それは魂を燃やす負帰還に成立する。
人類一斉の大移動が始まった!
*。
この困難を乗り越えるのは魂だ。
この喜びは、社会で成立する。
ところが仏教や儒教の修行はどうか。
自分を修行し、その中に桃源郷といった世界を作る。
ここには社会性がない。
修行世界と社会が切り離されている。
*。
この修行の世界をパラレル・ワールド化し、
そこにすべての人が愛し合い、
皆がこの喜びで繋がることをイメージできる。
これは妄想ではないか。
*。
現実を見れば、人は殺し合い、潰し合って生きている。
つまり現実のパラレル・ワールドと作れば、
その対偶恒等式で、愛の対偶は、殺し合いとなる。
愛と殺し合いが、対偶対称で自己同一化する。
*。
これは偽善と欺瞞の演技ではないか。
*。
人の殺し合いや潰し合いの中に、
愛を歌うことはある意味で、ないものねだりだ。
でもそれをやろうとする人は絶えない。
*。
そんなことやらずに、
現実と別個の、いい世界を作る。
そこでいい気分のなればいい。
こう言う考えも出来る。
*。
だがここにばらばら力とまとまり力を認める。
世界は発散し解体する。
それを負帰還し、そこにまとまり力を作れる。
それが人の生き方だ。
これが魂の生き方だ。
*。
ここに負のエントロピーを食べる世界がある。
それは負帰還に、人の魂を埋め込み、
これを燃焼させることだ。
*。
ないものねだりに見える愛と、この世を脱出した慈悲。
これが負帰還システムを作ると、同一化する。
*。
これが日本忍者の仕事である。
こういうことをこのブログがやっている。
*。
リアリティは、人から魂を抜くことだ。
魂の特異点のリアリティだ。
リアリティの対偶は、自己疎外と自己閉塞だ。
ここに生きがいを求めることが、心の闇だ。
この方程式が見つかった。
*。
自己の破壊を、リアリティといっていた。
ここに人は悪の迷宮に自ら身投げしていた。
これが有史以来、人は悪の世界の住人だった。
人が自ら、極悪に喜んで快楽を求めていた。
*。
毎日毎日、悪を楽しく消費し、
ここに人の真実を廃棄していた。
人が毎日毎日、
夢と希望と称して、魂を死に廃棄していた。
これを楽しくする社会を作っていた!
*。
これが現代のパラドックスだ。
人は夢と希望を楽しく消費し、魂を捨てていた。
夢と希望は、悪魔のお菓子だった。
*。
おいしいものを食べる、そして肥満に悩む。
病気になると痩せられる。
どう対応したらいいのか。
とんでもないパラドックスを背負い込んだ現代人だ。
パラドックしに絞め殺されつつある。
*。
逆に飢える人が共存する。
肥満と飢餓は、対偶だ。
*。
世界は肥満地帯と飢餓地帯に分割統治された。
人は自らのパラドックスに落ち込んだ。
それは自分で這い上がるしかない。
これほど厄介なパラドックスはない。
*。
だがここに負のエントロピーを食べる世界がある。
それは魂を燃やす負帰還に成立する。
人類一斉の大移動が始まった!
*。
この困難を乗り越えるのは魂だ。
魂とはネガティブ・フィードバックである
現代世界空間のイメージ:
世界は発散し、人はそれを魂にネガティブ・フィードバックする。
ネガティブ・フィードバックが、朝永の「くりこみ」であった。
世界はそこの絶対矛盾に自己同一化する。
そこに人の魂が出来る。
魂=ネガティブ・フィードバックであった。
*。
これはプルゴジン理論で書ける。
それが散逸揚動定理だ。
世界は発散し、その中にまとまりを作れる。
*。
世界は無限大に発散し、解消する。
人はそこにネガティブ・フィードバックする。
*。
ここに人類の魂が成立する。
これが負のエントロピーを食べることであり、
この負帰還に、人の魂が燃える。
これで人の世界空間イメージがまとまった。
*。
人は要素であり、
その関係性が魂であり、
魂という不動点に自己や世界を表現する。
*。
世界という運動は、量で表され、
その方向が魂として現される。
するとこれはベクトル世界だ。
*。
今人は、スカラーからベクトルへ移行した。
*。
人は世界から、魂を取り出す活動である。
このように人を定義できる。
人は世界空間に魂という不動点を取り出して生きる生物である。
*。
この不動点は、平行線の交わる相対論の世界にある。
平行線の交わらない絶対空間を生理とし、
それの交わる世界に活動するのが人である。
*。
人は今迄、生理世界に限定し存在し、
そこにリアリティを求める国家原理主義を生み、
この閉塞感と心の闇に自閉し、
人間性を壊した。
このように総括できる。
世界は発散し、人はそれを魂にネガティブ・フィードバックする。
ネガティブ・フィードバックが、朝永の「くりこみ」であった。
世界はそこの絶対矛盾に自己同一化する。
そこに人の魂が出来る。
魂=ネガティブ・フィードバックであった。
*。
これはプルゴジン理論で書ける。
それが散逸揚動定理だ。
世界は発散し、その中にまとまりを作れる。
*。
世界は無限大に発散し、解消する。
人はそこにネガティブ・フィードバックする。
*。
ここに人類の魂が成立する。
これが負のエントロピーを食べることであり、
この負帰還に、人の魂が燃える。
これで人の世界空間イメージがまとまった。
*。
人は要素であり、
その関係性が魂であり、
魂という不動点に自己や世界を表現する。
*。
世界という運動は、量で表され、
その方向が魂として現される。
するとこれはベクトル世界だ。
*。
今人は、スカラーからベクトルへ移行した。
*。
人は世界から、魂を取り出す活動である。
このように人を定義できる。
人は世界空間に魂という不動点を取り出して生きる生物である。
*。
この不動点は、平行線の交わる相対論の世界にある。
平行線の交わらない絶対空間を生理とし、
それの交わる世界に活動するのが人である。
*。
人は今迄、生理世界に限定し存在し、
そこにリアリティを求める国家原理主義を生み、
この閉塞感と心の闇に自閉し、
人間性を壊した。
このように総括できる。
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