袋小路論理

「自己」を取る、
「否定を肯定する責任」となる。

見事なトリックだ。

*。
白人帝国の指令で動くイスラエルを、
それを非難し、
何もしないことで、
悪の帝国がその存在を正当化する。

自由と正義の為と称し、
悪と暴力を行使し、
悪と暴力を隠蔽し、
悪と暴力を自由と正義とする。

*。
これをぶち抜くには、対偶恒等式を作ればいい。

自由と正義の対偶は、強盗と殺人である。

これで一発で片付く。

    *。
これがゲーデル不動点だ。

ここでゲーデル特異点を取る。
特異点とは自己を異物排除する点だ。

*。
否定を肯定する責任、
これが特異点だったのだ。

不動点と特異点を知らぬ人には、これは見抜けないのだろう。

*。
自己を異物排除する特異点、
これを世界の普遍性として、袋小路に嵌った。

    *。
こういう問題が出てきた。
世界政治が進歩しない理由は何だ。

免疫によって、
内政不干渉や民族自決や弱者自己決定が、
自分を免疫してた。

自分が自分を排除していた。

*。
経済がうまく行かないのは何故か。
今やバブルが資本主義の特徴であるといわれる。

経済は負帰還増幅器でなければならない。
この神の原則を忘れ、正帰還をやっていた!

バブル、世界をばらばらにすることだ。
国家権力がこれを利用していた。
彼らは世界が壊れようと儲けるのだ。

    *。
免疫が自己を免疫していた。

アレルギーであり、ガンとなったのだ。

もう免疫の時代でなく、生態系の時代になって、
即ち、多様性ダイバーシティとなって、
それを認識できないのだ!

即ち、否定という肯定を責任とする。
これがアレルギーや自己否定であった。
自分で自分を排除していた。

量子力学世界像理論

例えば、自動車メーカーは沢山の点=位置からなる。
世界の自動車生産は、それらの総合であり、
自動車を運動量としてみると、そのメーカー名=位置は失われる。

ここに位置と運動量の不確定性原理がある。

即ち、メーカーは部分=位置であり、
その全体は運動量となり、メーカーの位置の情報は失われる。

*。
生産販売は粒子であり、
それを交通量としてみると、それは波動である。

   *。
かくして高度工業は、
不確定性原理の働く世界であり、
粒子と波動の世界であった。

*。
この世界をニュートン力学で見て、
新世界を旧世界に還元していた。

ここに国家権力が肥大し、出来ないことやっていた。

*。
権力を生きさせるために、無力を死に排泄する。

これは新世界への移転を怠り、
新世界を旧世界で行う誤りだった。

権力は質点であり、大衆は運動量であった。
運動量を質点と同一化して、演算ミスを行った。

    *。
これが絶対インチキ、完全デタラメの世界を作った。

権力を取ると、運動量は失われる。

権力は粒子であり、その世界像は波動の世界だ。

*。
世界空間は、量子力学の世界だった。

それをニュートン扱いする国家権力だ。

現代の混乱は、量子力学のニュートン扱いだ。
やっと原因が、突き止められた。

    *。
世界を吹き荒ぶパラレル・ワールドだが、
これは免疫理論の、生態系への拡張が原因だ。

絶対に解けないことに、妄想を入れ、
堂々巡りし、そこに愛を歌っている。

世界を誤動している。
これは操作ミスの類だ。

*。
やっと我々は、現実に直面できるようになった。

それには不確定性原理や、粒子と波動の理解が必要だった。

今までの人類は死の本能を生きていた。
やっと生の本能に切り替えられる。

それが不確定性原理であり粒子と波動の理解だ。

ゲーデル不動点 人には心がある

人が潰し合う現実を生きるか、妄想の愛を生きるか。

人は現実を生きるか、非現実を生きるか。
これは決定不能証明不能問題だ。

ここでただ一つ正しいことは、人には心があることだ。

    *。
こうなるとこれはヘレン・ケラー問題でもある。

人が心を生きることは、恐れなき冒険をするか無かである。
即ち、現実を生きるか、非現実の妄想の愛を生きるかだ。

人はどっちかしか取れない。
これがヘレン・ケラー問題だ。

    *。
即ち、人は心を生きるか、無か。

成功物語で、人は人生を失った。
人はそのかけらを生きている。

それが自己疎外であり、閉塞感であり、心の闇だ。

*。
ゲーデル問題にすると世界が良く見える。

人生は恐れなき冒険か無か。
恐れなき冒険には、自由の精神が生まれ、
そこには打ち負かされない力が働く。

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