偽善と欺瞞の演技は死の儀式であった

リアリティを求める旅に出ると、それは人間疎外に至る。
これを避けてリアリティを求めると、閉塞感に至る。
そして人は閉塞感に閉じ込められ、心の闇を作り、苦しむ。

かくして人は後期資本主義に自己を否定されていると感じるのだ。

     *。
これは人が自己否定に発振していることだ。

人の生き方を使って、これで自己を否定させるのだ。

負帰還増幅としていればこうはならない。

*。
増幅器を発振器にした現象だ。

もっとも学芸において、発振する。
無を有にする方式だから。

    *。
資本主義を生きると、自己否定に至る。
金権人間だけが、はしゃぎまくっている。
まともな人が消えた。

金儲けなどまとものことではないからだ。

*。
金儲けなど、人の必要を満たしていればいい。
それを人の成功の鍵にして、人類が狂った。

これが人をありのままに受け入れるという考え方だろう。

     *。
金権原理は、人をありのままに受け入れないことだった。

人は欲望のままに生きればいい。
一時そういう時期があった。

だが皆がそうすると、
欲望の強弱の争いとなる。
すると欲張りの世界が出来る。

それは人の住む世界ではない。

世界は欲張り人間の配置に失敗した。

これで社会が紛糾した。

*。
これが閉塞感と心の闇だろう。

そこにはまともの人がいない。

人の心が歪み、
すると生きることは誰かを殺すことであり、
それに気づくかどうかに関係なく、人が殺し合う社会が出来ていた。

これが人間疎外感だろう。
そこには人はいない。
獣の世界だ。

    *。
人類が、獣となった。
人が畜生・餓鬼・鬼畜となった。

これを資本主義といっている。

*。
人が偽善と欺瞞の演技をやり、
それを民主主義とか資本主義とかいっている。

美しい名前で、獣をやっている。
これがパラレル・ワールドであろう。
それは建前と本音の使い分けだ。

     *。
目に見えるものは、素晴らしい。
だが目に見えなくされた世界は、極悪だ。

ここに人の輪と愛を歌う。
もはや妄想というしかない。

妄想の中の幸せ、無いよりましだ。
即ち、偽善と欺瞞の演技だ。

*。
そこで得られるいい気分は、何なんだろう。

頭隠して、尻隠さず。

気持ちだけ良くて、世界は極悪だ。

*。
気持ちだけ良くして、世界は悪党に委ねられた。

現実が妄想となった。

*。
この世界は死刑が必要だし、弱者は餓死させられる。

死刑廃止は世界空間の不動点だ

死刑は死の儀式の象徴だ。
国家に逆らったものの死刑は、人類を免疫付けにすることだ。
死刑こそは、国家原理主義に同期させる。
これで生より死が共振し、死の儀式世界が生まれる。

人類を、死の儀式に動機さえているものが死刑だ。
これで生より死が大事となる。

死による解決、これが免疫原理だ。
おまけに人が死ねなくなった。

    *。
人と人の交点としての心、
それは平行線が交わる世界の特徴だ。

そこから世界空間の不動点の一つが得られる。

*。
死刑は、世界空間の特異点だ。
人を死の世界に引きずり込む。

*。
そういえば、死刑を廃止したヨーロッパは、
同時に人を餓死させない世界だ。

ここに死の儀式から、生の祭典への転換がある。

生きることが素晴らしい。
人を殺した人も生かせる。
皆で苦しみ人を餓死させない。

ここに生の世界は始まった。

     *。
ヨーロッパが達成してことは、
死の天動説から生の地動説への展開だ。

国家に逆らったものは、殺す。
この免疫は、人の生を阻止していた。

*。
人を死刑にしないことと、餓死させないことは、等価同型だ。
これが生の原理であった。

即ち、正のエントロピーを食べることから、
負のエントロピーを食べることへの転換に、生の祭典があった。

それは死刑と人の餓死禁止にあった。

*。
これは朝永のくりこみ理論として認識される。

これがないと生の祝典は、理解認識されない。

くりこみ理論は、世界のリセットと負帰還世界への転換だ。
負帰還こそ、生の原理であった。

*。
生の原理は、それはさし当たって、死刑廃止と餓死阻止に示された。

これから人類の生の祝典が始まる。

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