敵を殺せ 対偶は自分を殺せ
敵を殺せ、
通常異物を徹底排除せよ、といわれる。
国家原理主義は、この異物排除システムである。
学校でも企業でも、あらゆる組織の仕組みだ。
排除する敵を潰すことで成立する組織、
即ち、人の幸福は敵を殺すことで成立する。
即ち、幸福は殺人である対偶恒等式が見られる。
*。
これは世界空間の特異点でもある。
即ち、自己破壊点だ。
国家原理主義は、自己破壊点に成立する。
生理的にはそれが必要だ。
だが生理を超えて適用すると、自分自身を破壊する。
自己否定を自己肯定とする自己責任だ。
*。
生理的自己成立のは、他者を否定せねばならない。
それが自己否定を自己肯定とする論理だ。
生理的にはこれが必要だ。
だが知性の世界に出ると、
これはガンとなり、自分自身を排除する。
*。
だがこれが絶対国家の論理だ。
即ち、絶対国家は敵を殺すことで成立する。
敵が必要だ。
経済化した世界では、これを二重化して、経済と政治を分けた。
*。
日本の植民地政策は、棄民政策であると同時に、
敵を作り、これを排除することを同時にやったことになろう。
一石二鳥政策だ。
*。
これを中国の自治領政策に見ないか。
敵を作り、これを潰すことで、自己を正当化する。
何とこれはアメリカもやっている。
やがてこれは、結局自己を破壊する。
アメリカと中国は呉越同舟なのだろうか。
*。
ベトナム敗戦、やがてイラク敗戦。
アメリカは隠れ国家原理主義の国ではないか。
時代遅れが世界を牛耳る。
*。
即ち、アメリカは世界の異物だ。
異物に頼る巨大経済、
これで日本はアメリカを潰した。
*。
だがもうアメリカの巨大経済はない。
世界は世界と民族が、一点で交わる、相対論の時代に入ったからだ。
*。
自己否定を自己肯定とする自己責任は、この転換点に生まれた妄想だ。
国家原理主義を超えて、世界は動いている。
教育も国家原理主義に、一斉授業だ。
これが子供を如何に壊したか。
国家原理主義の成り立たない時代を考えたい。
*。
国家が主導権と持つと世界が壊れる。
これが不確定性原理だ。
*。
現代は自分殺しを一生懸命やっている。
これで儲かるのは国家だけだ。
世界は国家を異物排除しているのだ!
通常異物を徹底排除せよ、といわれる。
国家原理主義は、この異物排除システムである。
学校でも企業でも、あらゆる組織の仕組みだ。
排除する敵を潰すことで成立する組織、
即ち、人の幸福は敵を殺すことで成立する。
即ち、幸福は殺人である対偶恒等式が見られる。
*。
これは世界空間の特異点でもある。
即ち、自己破壊点だ。
国家原理主義は、自己破壊点に成立する。
生理的にはそれが必要だ。
だが生理を超えて適用すると、自分自身を破壊する。
自己否定を自己肯定とする自己責任だ。
*。
生理的自己成立のは、他者を否定せねばならない。
それが自己否定を自己肯定とする論理だ。
生理的にはこれが必要だ。
だが知性の世界に出ると、
これはガンとなり、自分自身を排除する。
*。
だがこれが絶対国家の論理だ。
即ち、絶対国家は敵を殺すことで成立する。
敵が必要だ。
経済化した世界では、これを二重化して、経済と政治を分けた。
*。
日本の植民地政策は、棄民政策であると同時に、
敵を作り、これを排除することを同時にやったことになろう。
一石二鳥政策だ。
*。
これを中国の自治領政策に見ないか。
敵を作り、これを潰すことで、自己を正当化する。
何とこれはアメリカもやっている。
やがてこれは、結局自己を破壊する。
アメリカと中国は呉越同舟なのだろうか。
*。
ベトナム敗戦、やがてイラク敗戦。
アメリカは隠れ国家原理主義の国ではないか。
時代遅れが世界を牛耳る。
*。
即ち、アメリカは世界の異物だ。
異物に頼る巨大経済、
これで日本はアメリカを潰した。
*。
だがもうアメリカの巨大経済はない。
世界は世界と民族が、一点で交わる、相対論の時代に入ったからだ。
*。
自己否定を自己肯定とする自己責任は、この転換点に生まれた妄想だ。
国家原理主義を超えて、世界は動いている。
教育も国家原理主義に、一斉授業だ。
これが子供を如何に壊したか。
国家原理主義の成り立たない時代を考えたい。
*。
国家が主導権と持つと世界が壊れる。
これが不確定性原理だ。
*。
現代は自分殺しを一生懸命やっている。
これで儲かるのは国家だけだ。
世界は国家を異物排除しているのだ!
ムラカミ・ダブツ 村上文学はお経である
村上・仏陀は、スーパー仏教の開祖である。
くれぐれも春樹・お陀仏にならにようにしましょう。
1.村上は、隠喩の世界的名手である。
隠喩は仏教用語で言えば、禅問答である。
これを公案という宗派と言わない宗派がある。
即ち、師匠が弟子に教えを垂れることだ。
山上の垂訓の一種かも知れない。
村上・仏陀が、人々に教えを垂れる。
これを解けという訳だ。
人々は、ここに自分なりの解答を作る。
即ち、教えを全うする。
ここに師匠が完全に分かった問題で弟子を導く。
即ち、よく分からないことを、よく分からせる。
このパターンが現れた。
2.村上は物語を語り、そこに提示された問題を解かせる。
物語は、幻想であり、空想であり、妄想でもある。
即ち、現実にない愛とか人の繋がりを設定し、
この夢幻の境地で、人を悟らせる。
ここに現実にはないいい気持ちが得られる。
これは現実逃避であり、即ち、ニヒリズムともいえる。
3.これは当然孤独と喪失感をもたらす。
だがニヒリズム変換で、それは透明感やリアルの感情をもたらす。
即ち、よく分かっていないことを、よく分かったと思わせる。
もう既に現実を逃避している。
*。
スーパー仏教は、現実の逃避であり、ニヒリズムである。
この世界は愛に溢れ、これに依存する。
だがその愛は空想や妄想だ。
現実にはないものねだりとなる。
*。
それを悟りと呼ぶことも出来る。
この悟りの結果、現実は悪党に任せてしまう。
*。
ここでスーパー仏教は、金を稼ぎ、人気を得る。
これは死の儀式だ。
人の生はそこにはない。
*。
冥土に生を求めるのだ。
即ち、葬式仏教なのだろうか。
*。
この村上・仏陀は、世界を制覇する勢いだ。
このようは仮想現実もある。
仮想現実を用い、豊かな気持ちになる。
それは児童文学ではなか。
*。
ヨーロッパ思想では、
皆で現実を生き、人の苦しみを、分かち合い、
そこに皆で悟りを開く。
そこに生の祝典が始まっている。
くれぐれも春樹・お陀仏にならにようにしましょう。
1.村上は、隠喩の世界的名手である。
隠喩は仏教用語で言えば、禅問答である。
これを公案という宗派と言わない宗派がある。
即ち、師匠が弟子に教えを垂れることだ。
山上の垂訓の一種かも知れない。
村上・仏陀が、人々に教えを垂れる。
これを解けという訳だ。
人々は、ここに自分なりの解答を作る。
即ち、教えを全うする。
ここに師匠が完全に分かった問題で弟子を導く。
即ち、よく分からないことを、よく分からせる。
このパターンが現れた。
2.村上は物語を語り、そこに提示された問題を解かせる。
物語は、幻想であり、空想であり、妄想でもある。
即ち、現実にない愛とか人の繋がりを設定し、
この夢幻の境地で、人を悟らせる。
ここに現実にはないいい気持ちが得られる。
これは現実逃避であり、即ち、ニヒリズムともいえる。
3.これは当然孤独と喪失感をもたらす。
だがニヒリズム変換で、それは透明感やリアルの感情をもたらす。
即ち、よく分かっていないことを、よく分かったと思わせる。
もう既に現実を逃避している。
*。
スーパー仏教は、現実の逃避であり、ニヒリズムである。
この世界は愛に溢れ、これに依存する。
だがその愛は空想や妄想だ。
現実にはないものねだりとなる。
*。
それを悟りと呼ぶことも出来る。
この悟りの結果、現実は悪党に任せてしまう。
*。
ここでスーパー仏教は、金を稼ぎ、人気を得る。
これは死の儀式だ。
人の生はそこにはない。
*。
冥土に生を求めるのだ。
即ち、葬式仏教なのだろうか。
*。
この村上・仏陀は、世界を制覇する勢いだ。
このようは仮想現実もある。
仮想現実を用い、豊かな気持ちになる。
それは児童文学ではなか。
*。
ヨーロッパ思想では、
皆で現実を生き、人の苦しみを、分かち合い、
そこに皆で悟りを開く。
そこに生の祝典が始まっている。
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