ヘドロの中の幸福
幸福とは有害ごみの中のダイアモンドであった。
そのために、世界は公害で溢れ、人々は殺し合いまでする。
このため世界空間は歪み、
誰もが加害者となり、殺人関係者となった。
これが弱肉強食の争いであった。
*。
弱肉強食とは何だ、許されない言葉だ。
そういって弱肉強食を押し切る。
言葉を非難して、その現実を押し切る。
言葉の問題と現実の問題の違いを認識しない。
即ち、月を見なければ月はない。
言霊の悪用は、言葉と現象が同一化していることだ。
*。
この世界で著しいことは、
人間疎外が起き、閉塞感と心の闇を生きることだ。
世界はこの状態だが、日本は際立つ。
日本は世界の純結晶のようだ。
*。
日本は世界を結晶化する能力を持つ。
これからはこれを操作する能力を上げる。
それが日本忍者だ。
太平洋戦争は、現代の純結晶だったのかも知れない。
*。
だからその次どうするかが問題となった。
太平洋戦争で、世界の死の儀式を清算しなければならない。
*。
何時までも、戦争や死刑や殺人ではいけない。
これを正の祭典に転換する、これがくりこみ理論だ。
*。
正帰還=発散文明を負帰還文明に転換する。
これが日本忍者の仕事だ。
日本は太平洋戦争で、死の世界を知った。
これを生命の世界に変換する。
*。
実に生理的に生きることと、
知性的に生きることは、不確定性原理で、切断されていた。
いくら生理を積んでも、知性は得られない。
人間性を展開することと、生理活動は別次元であった。
生理の中に知性はプログラムされたいなかった。
人間性は、生理の中にない。
*。
人間性は、ゲーデル不動点にある。
生理で、ゲーデル展開すると、
それはゲーデル特異点となり、人類を消滅する。
*。
ゲーデル不動点を探すことが、人の仕事となった。
ここにしか人間性は存在しない。
そのために、世界は公害で溢れ、人々は殺し合いまでする。
このため世界空間は歪み、
誰もが加害者となり、殺人関係者となった。
これが弱肉強食の争いであった。
*。
弱肉強食とは何だ、許されない言葉だ。
そういって弱肉強食を押し切る。
言葉を非難して、その現実を押し切る。
言葉の問題と現実の問題の違いを認識しない。
即ち、月を見なければ月はない。
言霊の悪用は、言葉と現象が同一化していることだ。
*。
この世界で著しいことは、
人間疎外が起き、閉塞感と心の闇を生きることだ。
世界はこの状態だが、日本は際立つ。
日本は世界の純結晶のようだ。
*。
日本は世界を結晶化する能力を持つ。
これからはこれを操作する能力を上げる。
それが日本忍者だ。
太平洋戦争は、現代の純結晶だったのかも知れない。
*。
だからその次どうするかが問題となった。
太平洋戦争で、世界の死の儀式を清算しなければならない。
*。
何時までも、戦争や死刑や殺人ではいけない。
これを正の祭典に転換する、これがくりこみ理論だ。
*。
正帰還=発散文明を負帰還文明に転換する。
これが日本忍者の仕事だ。
日本は太平洋戦争で、死の世界を知った。
これを生命の世界に変換する。
*。
実に生理的に生きることと、
知性的に生きることは、不確定性原理で、切断されていた。
いくら生理を積んでも、知性は得られない。
人間性を展開することと、生理活動は別次元であった。
生理の中に知性はプログラムされたいなかった。
人間性は、生理の中にない。
*。
人間性は、ゲーデル不動点にある。
生理で、ゲーデル展開すると、
それはゲーデル特異点となり、人類を消滅する。
*。
ゲーデル不動点を探すことが、人の仕事となった。
ここにしか人間性は存在しない。
恋愛の負帰還と正帰還
恋愛にも正帰還と負帰還があった。
即ち、爆発力とまとまり力である。
本当に惚れると、爆発して消えてしまう。
恋愛がまとまるには、安定が必要であり、
したがって負帰還が掛かっていなければならない。
*。
恋愛が定在波となり、調和振動となるには、反対成分が必要だ。
男と女はその一部であり、
男と女が楽器と考えれば、その調和が必要だ。
その性格が反対というのではない。
全体の安定性だ。
最近世界の調和能力が上がり、異人種の結婚も容易になってきた。
やがて人類の交響楽も奏でられよう。
*。
調和振動は、正反両成分の調和、
即ち、負帰還からなる。
世界は対立抗争から、調和と負帰還の時代になった。
これが生の世界だ。
*。
恋愛についても、その性質も分かってきた。
正帰還ネガフィではまとまらない。
負帰還ネガフィは安定性があり、まとまる。
男と女の絶対矛盾の自己同一化が恋愛であった。
矛盾にも、まとまるものとまとまらないものがある。
*。
まとまらないものが、発散力であり、
まとまるものは、負帰還のあるまとまり力である。
即ち、爆発力とまとまり力である。
本当に惚れると、爆発して消えてしまう。
恋愛がまとまるには、安定が必要であり、
したがって負帰還が掛かっていなければならない。
*。
恋愛が定在波となり、調和振動となるには、反対成分が必要だ。
男と女はその一部であり、
男と女が楽器と考えれば、その調和が必要だ。
その性格が反対というのではない。
全体の安定性だ。
最近世界の調和能力が上がり、異人種の結婚も容易になってきた。
やがて人類の交響楽も奏でられよう。
*。
調和振動は、正反両成分の調和、
即ち、負帰還からなる。
世界は対立抗争から、調和と負帰還の時代になった。
これが生の世界だ。
*。
恋愛についても、その性質も分かってきた。
正帰還ネガフィではまとまらない。
負帰還ネガフィは安定性があり、まとまる。
男と女の絶対矛盾の自己同一化が恋愛であった。
矛盾にも、まとまるものとまとまらないものがある。
*。
まとまらないものが、発散力であり、
まとまるものは、負帰還のあるまとまり力である。
何故日本はアメリカの言いなりか
アメリカは先住民を大虐殺して領土を奪った。
奴隷を強制連行して富を作った。
秀吉幕府は、
農民を殺して、日本を作った。
農民を強盗殺人して、その富を作った。
*。
こう考えると、アメリカと日本は、同じ出自である。
だから太平洋戦争が起きたのではないか。
日本の否定はアメリカの否定となる。
アメリカの肯定は日本の肯定となる。
*。
即ち、アメリカと日本は、
自己否定を自己肯定とし、それを自己責任とする。
共に強盗殺人国家である。
強盗殺人同士の喧嘩が、日米対立だったのかも知れない。
奴隷を強制連行して富を作った。
秀吉幕府は、
農民を殺して、日本を作った。
農民を強盗殺人して、その富を作った。
*。
こう考えると、アメリカと日本は、同じ出自である。
だから太平洋戦争が起きたのではないか。
日本の否定はアメリカの否定となる。
アメリカの肯定は日本の肯定となる。
*。
即ち、アメリカと日本は、
自己否定を自己肯定とし、それを自己責任とする。
共に強盗殺人国家である。
強盗殺人同士の喧嘩が、日米対立だったのかも知れない。
ウソで真実は語れない
ウソはいくらついてもウソである。
ウソは言語空間に属す。
何故ウソが必要か。
こう考えると、
ウソという言語空間の位置情報は、
世界空間の運動量情報に変換される。
*。
言語情報は、言語空間の位置であり、
その運動量は、現実の特性である。
言葉と現実は違う。
何故ウソをとつく必要があるか。
これは現実にある。
これを考えることで、
言語位置情報は、現実の運動量となる。
*。
日本の裁判官は言う。
犯罪をやっていないものが、やったというはずがない。
これで発言者は、死刑や有罪となる。
これはただのウソである。
*。
裁判官の発言は、
犯罪をやったかやっていないかは決定不能であり、証明不能だ。
唯一つ正しいことは、分からないということだ。
分からないことを、やったというのはウソの上塗りである。
ウソはいくらついてもウソである。
*。
何故ウソの発言が必要になったか。
裁判官は、人を犯罪者にしたいからである。
裁判官が快楽殺人を図ることは無矛盾だ。
それは立証されない。
発言は言語空間に属し、死刑は現実に属す。
ここで言葉と現実が同一化している。
ウソはいくらついてもウソである。
それは現実にはならない。
*。
アメリカはイラクが大量破壊兵器を持っていると確信した。
それは単に言葉の問題で、現実の問題ではない。
言葉と現実を同一化した。
言葉は言葉、現実は現実である。
これを同一化したのだ。
*。
現代人の思考程度はこの程度だ。
言葉と現実が、同一化している。
*。
即ち、言葉と現実は不確定性原理で結合されている。
この認識で、言葉と現実が違うことが認識理解される。
*。
言葉と現実は、不確定性原理で結合されている。
同じではない。
国家原理主義は、言葉原理主義であった。
国家は絶対に正しく、それに従わないものは完全に誤りだ。
この世界は言葉と現実の違いを認識しない。
国家が発言が、完全に正しいのだ。
*。
国家の対偶は、強盗殺人である。
その対偶は、国家に誇りを持てである。
国家は強盗殺人に誇りを持たせることであった!
国家原理主義は、誇りある強盗殺人であった。
*。
この言辞に文句のある人は、
この言辞に矛盾を指摘しなければならない。
この矛盾とゲーデルの矛盾は違う!
ウソは言語空間に属す。
何故ウソが必要か。
こう考えると、
ウソという言語空間の位置情報は、
世界空間の運動量情報に変換される。
*。
言語情報は、言語空間の位置であり、
その運動量は、現実の特性である。
言葉と現実は違う。
何故ウソをとつく必要があるか。
これは現実にある。
これを考えることで、
言語位置情報は、現実の運動量となる。
*。
日本の裁判官は言う。
犯罪をやっていないものが、やったというはずがない。
これで発言者は、死刑や有罪となる。
これはただのウソである。
*。
裁判官の発言は、
犯罪をやったかやっていないかは決定不能であり、証明不能だ。
唯一つ正しいことは、分からないということだ。
分からないことを、やったというのはウソの上塗りである。
ウソはいくらついてもウソである。
*。
何故ウソの発言が必要になったか。
裁判官は、人を犯罪者にしたいからである。
裁判官が快楽殺人を図ることは無矛盾だ。
それは立証されない。
発言は言語空間に属し、死刑は現実に属す。
ここで言葉と現実が同一化している。
ウソはいくらついてもウソである。
それは現実にはならない。
*。
アメリカはイラクが大量破壊兵器を持っていると確信した。
それは単に言葉の問題で、現実の問題ではない。
言葉と現実を同一化した。
言葉は言葉、現実は現実である。
これを同一化したのだ。
*。
現代人の思考程度はこの程度だ。
言葉と現実が、同一化している。
*。
即ち、言葉と現実は不確定性原理で結合されている。
この認識で、言葉と現実が違うことが認識理解される。
*。
言葉と現実は、不確定性原理で結合されている。
同じではない。
国家原理主義は、言葉原理主義であった。
国家は絶対に正しく、それに従わないものは完全に誤りだ。
この世界は言葉と現実の違いを認識しない。
国家が発言が、完全に正しいのだ。
*。
国家の対偶は、強盗殺人である。
その対偶は、国家に誇りを持てである。
国家は強盗殺人に誇りを持たせることであった!
国家原理主義は、誇りある強盗殺人であった。
*。
この言辞に文句のある人は、
この言辞に矛盾を指摘しなければならない。
この矛盾とゲーデルの矛盾は違う!
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