日本科学技術はワキだ
源氏物語では、光源氏がシテであり、紫の上がワキである。
村上春樹においては、
世界のやわらかいエリートをシテとして、
村上春樹がそのワキをやる。
彼が人生教師となり、世界と会話する。
すごく壮大な世界が開かれる。
彼もまた日本忍者であった。
*。
日本では権威と権力が別れている。
光源氏は権力であり、
彼を取り巻く天皇は権威である。
光源氏はシテであり、天皇はワキである。
*。
黒幕政治もこのワキ・シテの構造だ。
能の構造だ。
経営にもこの構造がある。
世界に出て、リーダーシップ構造になった。
*。
世界と日本はこのため接続できない。
世界にリーダーシップを日本に持ってくると、問題が起きる。
これに合わせた、成績評価の経営改革だろう。
自己評価という考えはなかった。
そういうシステム自体なかった。
*。
中国人も韓国人も、もっと合理的だ。
権威と権力は同じだ。
*。
この先、ワキとシテはどうなるのだろう。
今の政治や経営の問題の一端はここにあろう。
シテとワキは世界標準ではない。
*。
だが科学技術をシテとして、
日本はそのワキとして、多くの成果も出ている。
日本技術、特に中小企業の優れた点は、
世界のワキをやっているからであろう。
世界に見えないことが見える。
これが日本零細企業の世界的リーダーシップだ。
隙間企業ということも生き方だ。
*。
大企業と零細企業は全く違うシステムにある。
日本が大企業を取ろうとして、間違えたのではないか。
日本は世界の解像度を上げる使命があるのではないか。
大企業は下請けとなる日本の宿命だ。
そこに独立自尊がある。
村上春樹においては、
世界のやわらかいエリートをシテとして、
村上春樹がそのワキをやる。
彼が人生教師となり、世界と会話する。
すごく壮大な世界が開かれる。
彼もまた日本忍者であった。
*。
日本では権威と権力が別れている。
光源氏は権力であり、
彼を取り巻く天皇は権威である。
光源氏はシテであり、天皇はワキである。
*。
黒幕政治もこのワキ・シテの構造だ。
能の構造だ。
経営にもこの構造がある。
世界に出て、リーダーシップ構造になった。
*。
世界と日本はこのため接続できない。
世界にリーダーシップを日本に持ってくると、問題が起きる。
これに合わせた、成績評価の経営改革だろう。
自己評価という考えはなかった。
そういうシステム自体なかった。
*。
中国人も韓国人も、もっと合理的だ。
権威と権力は同じだ。
*。
この先、ワキとシテはどうなるのだろう。
今の政治や経営の問題の一端はここにあろう。
シテとワキは世界標準ではない。
*。
だが科学技術をシテとして、
日本はそのワキとして、多くの成果も出ている。
日本技術、特に中小企業の優れた点は、
世界のワキをやっているからであろう。
世界に見えないことが見える。
これが日本零細企業の世界的リーダーシップだ。
隙間企業ということも生き方だ。
*。
大企業と零細企業は全く違うシステムにある。
日本が大企業を取ろうとして、間違えたのではないか。
日本は世界の解像度を上げる使命があるのではないか。
大企業は下請けとなる日本の宿命だ。
そこに独立自尊がある。
リアリティは公害である
産業経済は、公害製造装置となった。
対偶恒等式の反対側が触れだした。
何事もいいことばかりではない。
消費経済は、公害感情製造装置となった。
消費経済は世界空間を歪め、
人を加害装置化し、
人は加害の大きさを争う事となった。
すべての人が加害者となり、加害の程度が経済競争となった。
*。
人の生甲斐を、心の問題に還元し、
人間性の改革に向かわず、
人間を奴隷化家畜化乞食化した。
*。
人を畜生化し、鬼畜化し、餓鬼化することが、人の生甲斐となった。
畜生同士の喧嘩抗争が、人の生甲斐だ。
*。
人の消費商品化で、後期資本主義が自己言及のパラドックスに陥った。
これは発振であり、際限のない循環に落ち入り、
これは産業のガンとなった。
自分を食い潰すことが、産業活動となった。
自己否定を肯定することが、人類の責任となった。
*。
消費産業は、人の主体性の差異を消し去り、
それを社会の機能に変えた。
人間を脱人間化することが、人間の行為と定義された。
これが人の実存化であり、
人はこの行為を楽しく消費する。
*。
リアリティの追求は、人間疎外を目的とし、
閉塞感と心の闇の製造装置となった。
実存は、自己否定の肯定であり、その自己責任化であった。
これが人間の現存在であった。
*。
人の対偶の反対を立ち上がらせる、
これが実存や現存在であった。
実存や現存在で、人間は否定された。
*。
実存は反実存の製造装置であった。
これを新自由主義とかグローバリゼーションといった。
やればやるほど、自己否定に陥った。
*。
人は世界存在の仕組みを知らなかった。
いいことをやれば、良くないことが起きる。
これが人の実存で、
実存は、そのやらせであった。
*。
実存にリアルとメタがあった。
それが混同されている。
即ち、ベクトルをスカラー扱いした。
*。
人の意識をベクトル化すると、
メタは方向であり、リアルは量である。
実存や現存在は、これらを自己同一化していた。
実存は絶対矛盾の製造装置であった。
*。
人に心があれば、
イスラエルを全滅させても、殺される人を守る。
人に心があれが、
お上日本を全滅して、オウム真理教を守る。
*。
これが平行線の交わる生態系だ。
ここに出れば、人を殺さずに、人を守れる。
だが免疫原理、即ち国家原理主義にはそれがない。
*。
国家原理主義を葬り去ることが、目下のテーマだ。
人を殺すの出なく、国家原理主義を殺す。
平行線が交わる世界では、なんでもないことだ。
*。
先ず、国家天動説を人間地動説に改造する。
これは哲学や思想の問題だ。
*。
思想によって、世界を改造する。
これが登校拒否・フリーターの問題でもあった。
そういう世界を作り、そこに世界を引き込む。
*。
読み書き算盤の知性を体得する。
それがゲーデル道徳だ。
やれないことはやらない。
やってはいけないことはやらない。
これがゲーデル世界だ。
人の脳はゲーデル世界の下部構造となった!
対偶恒等式の反対側が触れだした。
何事もいいことばかりではない。
消費経済は、公害感情製造装置となった。
消費経済は世界空間を歪め、
人を加害装置化し、
人は加害の大きさを争う事となった。
すべての人が加害者となり、加害の程度が経済競争となった。
*。
人の生甲斐を、心の問題に還元し、
人間性の改革に向かわず、
人間を奴隷化家畜化乞食化した。
*。
人を畜生化し、鬼畜化し、餓鬼化することが、人の生甲斐となった。
畜生同士の喧嘩抗争が、人の生甲斐だ。
*。
人の消費商品化で、後期資本主義が自己言及のパラドックスに陥った。
これは発振であり、際限のない循環に落ち入り、
これは産業のガンとなった。
自分を食い潰すことが、産業活動となった。
自己否定を肯定することが、人類の責任となった。
*。
消費産業は、人の主体性の差異を消し去り、
それを社会の機能に変えた。
人間を脱人間化することが、人間の行為と定義された。
これが人の実存化であり、
人はこの行為を楽しく消費する。
*。
リアリティの追求は、人間疎外を目的とし、
閉塞感と心の闇の製造装置となった。
実存は、自己否定の肯定であり、その自己責任化であった。
これが人間の現存在であった。
*。
人の対偶の反対を立ち上がらせる、
これが実存や現存在であった。
実存や現存在で、人間は否定された。
*。
実存は反実存の製造装置であった。
これを新自由主義とかグローバリゼーションといった。
やればやるほど、自己否定に陥った。
*。
人は世界存在の仕組みを知らなかった。
いいことをやれば、良くないことが起きる。
これが人の実存で、
実存は、そのやらせであった。
*。
実存にリアルとメタがあった。
それが混同されている。
即ち、ベクトルをスカラー扱いした。
*。
人の意識をベクトル化すると、
メタは方向であり、リアルは量である。
実存や現存在は、これらを自己同一化していた。
実存は絶対矛盾の製造装置であった。
*。
人に心があれば、
イスラエルを全滅させても、殺される人を守る。
人に心があれが、
お上日本を全滅して、オウム真理教を守る。
*。
これが平行線の交わる生態系だ。
ここに出れば、人を殺さずに、人を守れる。
だが免疫原理、即ち国家原理主義にはそれがない。
*。
国家原理主義を葬り去ることが、目下のテーマだ。
人を殺すの出なく、国家原理主義を殺す。
平行線が交わる世界では、なんでもないことだ。
*。
先ず、国家天動説を人間地動説に改造する。
これは哲学や思想の問題だ。
*。
思想によって、世界を改造する。
これが登校拒否・フリーターの問題でもあった。
そういう世界を作り、そこに世界を引き込む。
*。
読み書き算盤の知性を体得する。
それがゲーデル道徳だ。
やれないことはやらない。
やってはいけないことはやらない。
これがゲーデル世界だ。
人の脳はゲーデル世界の下部構造となった!
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