男と女のパラドックス 西行は何故出家したか

今ぞ知る 思ひ出よと 契りしは
忘れんとての なさけなりけり

*。
いろいろ解釈はあるが、
男の純情、女の純愛から解釈してみよう。

西行は歴史にも残る「持て男」であった。
どうして出家したのだろう。

彼の出家は女と絶縁するものであった。
妻子とも絶縁した。

どうしてそこまでしたのか謎であった。

    *。
単純にこの和歌を詠むと、
女の契りは、単に気に入った男と契るのであって、
その男自体と契るのではない。

*。
男の契りもいろいろあるが、
西行の場合は、女と契るのでなく、
その女と契りたいのではないか。

すると西行のように、
たくさんの女に契りを求められると、
選択不能になる。

*。
とどのつまりは、一人の女と契りたいが、
ただ一人の女がいなくなる。

もてればもてるほど、一人の女がいなくなる。

*。
女の方も、気に入った男と契ればいいのであって、
一人の男を選択しない。

  *。
男と女の間にヒステリシスがあって、
女と男はいても、一体化しない。

*。
ここまで突き詰めると、男女関係不能になる。

適当にやればなんでもないことも、
突き詰めると不可能になる。

感度の高い西行といった、
チョー持て男の悲劇といったらいいのではないか。

   *。
男と女のパラドックス、
感度の高い女が、純愛を求めると、
男遍歴に陥る傾向がある。

チョー持て男が、一人の女を求めると、関係不能に陥る。

*。
男と女はパラドックスに成立し、
だがパラドックスにまで突き詰めると、
関係不能か淫らとなる。

パラドックスにならない状態に生きると、
なんとなくまとなる。

*。
紫式部は普通が一番いいといった。

     *。
西行と賢礼門院、
関係せずに関係するしかなかった。

男女関係の究極は、関係しない関係であった。

究極を求めないこと、そこに関係が可能となる。

*。
適当性は、
いい加減こそ最適ということではないか。

つまりいろいろあり、ごちゃごちゃを生きることが健全となる。

健全とはトラブルすることだ。

*。
その中に安定を求める。
これが健全の中の健全だろう。

   *。
チョー持て男と、チョーもて女の出会いはどうしたらいいのか。

これに回答を与えた、
ワーグナーとコジマではないか。

彼らは芸術を創ると同時に、
男女関係を創った。

*。
西行も賢礼門院も、そうしたら関係が成立したのではないか。

男女関係だけでは、最適化不能だ。

紫式部が普通がいいといったのは、
日常性で生きれば問題ないといったことだろう。
それが出来ないチョー持ての男女関係だ。

それはワーグナーとコジマをやるしかない。

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